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みんなの「夏色四片」ブログ


夏色四片

2015/01/01 08:00
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<リリカルなのはStrikerS×ゼロの使い魔>
昔書いた物の御蔵出しです。(多少手直し・携帯用に再分割・諸事情にて改題・他)

よひら=紫陽花。
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夏色四片 第34.4話

2007/10/03 00:42
予感はあった。
あったというより、確実に予想された事態だったわけだが。
最早、今更。



「あれ?」
「うわっ!?」
衛兵の説得をしながら応戦を続けていた二人は、それぞれの姿勢のまま動きを止めた。
迫ってきていた獣と衛兵が、綺麗さっぱり居なくなっている。
と言うより、目の前から一瞬で消え去ったのだ。

「今のって……多分」
ルイズが、たった今感じた違和感の正体を、口に出そうとした時。
「帰るわ」
強張った声が先に上がる。
「は?」
「こりゃ結界とかいうヤツだろ? どうせ碌な事にならないから帰る」
真っ青な顔のロングビルが、足早に歩き出した。
どうやら、トラウマの根は未だに深い様だ。

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ」
ルイズは慌てて彼女の襟を引っ掴んだ。首が絞まったのか、ぐぇと変な呻きが上がる。
「だったら尚更、出られっこないでしょ!?」
「離せー!」
じたばたと二人が揉み合っていると、屋敷の窓から膨大な光が溢れ出した。
嫌と言うほど見慣れた緑色光。

「……ほらぁ」
「と、とにかく隠れるわよ」
何だか泣きそうな顔のロングビルが、妙に可愛くて戸惑ったが。
それでも彼女を強引に引き摺ったルイズは、屋敷入口の側に身を潜めた。

そして。

「うわあああぁぁっ!」
悲鳴を上げたモット伯が入口から飛び出してきたのは、それとほぼ同時だったのだ。


       ◆   ◆   ◆


噴水の側に駆け寄った彼は、荒れた息を整えた。
「こ、ここまで来れば」
蕩々と流れる豊富な水。
眼前の水面を眺めているうちに、ふつふつと自信と闘志が漲ってくる。

あれには自分の魔法が通用しなかった。
水を凍結させ、高速で撃ち出す彼の術は、殺傷能力の高い実戦向きなものだ。
逃げながら幾度となく使用してみたのだが、全て不思議な光に阻まれてしまったのである。
(まさか、あれほどとはな)
先住種族。
確かに、強力な存在であることは認めざるを得まい。

しかし。
花瓶の水を利用した程度では、呪文に無理があったのも事実。
彼の二つ名は波濤。
水系統のトライアングルとしての『力』は、ここでこそ本領を発揮するのだ。


『もう逃げぬのか?』
「!」
振り返ると、あの化け物が悠然と迫ってくる姿が目に映った。背には四枚の輝く羽。
保有する莫大な書物にも載っていなかった、未知の種族だ。
『存外、諦めが良いな』
地上から5メイル程浮いたそれが、愉快そうに歪んだ笑みを浮かべている。
「誰がだ! 見くびるな化け物」
彼は自信に満ちた声で叫ぶと、大きく杖を振り上げる。

「滅びるまで暫し覚えよ! 我が名は『波濤』のモットである!」

ざあっ、と噴水の水が、全て宙に浮かび上がった。
百近い水球に分裂すると、それぞれが氷の刃に姿を変える。それは花瓶の水で作られた物よりも、遙かに大きく堅固。
そして――遙かに鋭利。
氷の剣に囲まれた彼は、ぎりぎりと杖を握りしめる。

化け物は大きく眼を見開いた。
モットは知らなかったが――彼の使った魔法が、以前自分の使用した魔法に外見上酷似していたからだろう。
彼女は薄く笑い、両腕を大きく広げる。

何をするつもりか知らないが、こちらの方が早い!
「くたばれっ!」
彼が杖を振り下ろすと同時に、無数の刃が大気を切り裂いた。




「リ、リンディよね、あれ」
鳴り響く轟音を眺めながら、ルイズは引き攣った笑いを浮かべていた。

先程、モットを追って姿を現した彼女は、確かにこちらを一瞥したのだ。
今まで見たことも無いような、冷ややかな眼差しで。
殺意とは異なる完璧な無表情。
塵芥以下として見られた感覚に、背筋は未だ凍り付いたままだ。
聞こえてくる口調も、とてもリンディとは思えない畏怖を与えてくる。

「……怒ってるのかしらね」
「だだ、だから言ったじゃないかっ!」
腰を抜かしたロングビルが、足に縋り付いてくる。
「前から化け物だって知ってたけど、今日は何か違うじゃないさ。あれが本性だったらどうすんの!?」
「違うと思うんだけど」
と口にしたが、全く自信を伴ってない口調だと自覚する。

「あら、ルイズ様?」
「ひゃっ!?」
いきなり背後から掛けられた声に振り向くと、シエスタが不思議そうな顔で覗き込んでいた。

外に飛び出したら、見覚えのある人影が騒いでいたのだ。疑問に思うのも無理はない。

「どうして、こんな所に?」
「あ、あんた達を心配して、追っかけて来たに決まってる、で、しょ……?」
憤然とした口調が、何故か溶けるように小さくなる。
「?」
眉を顰めたロングビルたちは、ルイズの指先に従って視線を向け――彫像のように硬直した。

沈黙の中。
「あー、こりゃやばい」
デルフの言葉だけが虚ろに響く。

示された先では、更に怖ろしい光景が広がりつつあったのだ。


      ◆   ◆   ◆


「そ、そんな……」
見上げた姿勢のまま。モットは、すとんと腰を落とした。
魔力を使い果たした体には、ほとんど力が入らない。
全力だったのだ。
余力を残すような真似をしたら死ぬ――そう告げる本能に従い、ほぼ全ての魔力を注ぎ込んだ魔法。
エルフなら防ぐ手段を持っているかも知れないが、少なくとも今の魔法は直撃したはず。
百近い数の氷の刃だ。
例え先住種族と言えど、生き残れるはずがない。

ただし、相手が生き物だという条件で。

『ふむ。人の身としては、なかなかに見事』
さほど感心した様子も無く、女は僅かに微笑んだ。
その姿は、先程までのメイド姿ではなくなっている。こちらを睥睨するのは、不可解な紺の衣装に身を包んだ化け物。
その身には傷一つ無い。
『我に挑むには力が足りぬが――そうよの、奮った蛮勇には応えねばならぬ』
「ど……どういう意味……」
恐怖に身を竦めるモットに鷹揚に頷くと、女は上空へと舞い上がる。




「アルカス・クルタス・エイギアス――」
虚空で紡がれる、儀式魔法の呪文。
織るように組み上げられた広大なフィールドが、擬似的な天候操作を具現化し、周囲を激しく帯電させる。
唱える彼女は目を閉じていた。
その表情に、果たして笑みがあるのかどうか。
娘や孫の様な電気の魔力変換資質は持ち合わせていないが、儀式魔法自体に秀でている彼女にはさほど関係無い。
「――煌めきたる天神よ。今導きのもと降りきたれ」
デバイスや使い魔の補佐も無く、淡々と発せられた呪文と呼ばれるプログラム。
組み上げられる魔法は、大雑把に見えて精緻極まりないもの。

唱え終えたのか、リンディの口が閉じられた。
発動呪文を保持する左腕が、夜空へと大きく振り上げられる。
同時に。
身体の陰に隠れた右手が僅かに動いた。他の魔法を使用したかの如く。
そして。

「サンダー・フォール」
彼女の声に合わせ、無数の雷が眼下に降り注いだ。



広大な屋敷が、閃光に塗り潰されていく。

それは壮大な光景だった。
遙か上空より駆け下りた稲妻が、縦横無尽に大地を奔る。等しく世界を統べる光。
触れる物全てを焼き払う、天の怒り。






こんな光景は有り得ない。
電撃魔法は確かに存在するが、天候そのものを制御する魔法など、見た事も聞いた事も無い。
確かに、竜巻を作り出すような高位の呪文もある。だとしても、空一面を雷雲で満たすなど――比較するだけ無駄である。
街一つを滅ぼせる程の魔法。
まさに、生物の手に余る所行ではないか。

周囲には、大気の焼けた臭いが充満していた。
気絶しなかったのは、あまりの恐怖に頭が考える事を拒否したからか。
「ひ、ひいぃ」
モットは動く事も出来ず、上空を見上げていた。幻では無い証拠に、周囲の地面は黒々と焦げている。
何故自分が生きているのか――それすらも思考出来ない。

彼は涙を流していた。

降りてくる。
あの化け物が徐々に高度を下げてくる。
恐怖に染まった頭には、どんな行動も浮かんでこない。逃げる事すらも。
だから。

『人とはその程度のものだ』
慈悲深い微笑みを向けられ、彼はぽかんと口を開けた。



『我から見れば、お前たち貴族と平民の差異など、無きに等しいでな』
彼女は肩を竦めた。
『我は、人の世の秩序に言うべき言葉を持たぬ。だが、敢えてお前に告げるとするなら――』
「――――」
視線を向けられ、モットはぐびりと喉を鳴らした。
残酷な断罪を覚悟しかけた耳に、
『以後、道楽で女を弄ぶ事は止めよ。こういう事が無いとは限らぬからの』
あっさりとした忠告が届いた。

それは、パーティを終えたばかりの女性のような、実に楽しそうな雰囲気で。

「は、はは」
引き攣り笑いを始めた彼に、女には真摯にな、と彼女は笑い掛けた。
『それだけだ。このタルブの女共は、元居た場所に戻しておく。今後一切、手出し無用ぞ』
返事を促され、モットは人形の如く頷いて――

「伯爵!?」
「モット伯!」
衛兵達が虚ろな表情の彼を発見したのは、僅かに後の事である。


      ◆   ◆   ◆


馬二頭に分乗した四人は、のんびりと夜空の下を歩んでいた。

「凄かったです!」
「そ、そうかしら」
あはは、と笑うリンディの後ろでは、興奮した様子のシエスタが目を輝かせていた。
二人共、既に朝の服装に着替えている。
「目の前に雷が落ちるなんて、初めての経験だったんですよ」
「魔法で絶縁しておいたからね。本当にあの距離に落ちたら大変よ?」
リンディは真顔で忠告した。
転送フィールドの調整と絶縁用プロテクションの展開で、強引に落雷地点を調整したのだ。無論、安全最優先。
シエスタ達の視覚に悪影響を残さない為、遮光も忘れず。
モット伯周辺の地面以外には痕跡を留めない様にしたが、どうやら上手くいったらしい。

「でも、何で雷だったんですか?」
「手持ちで一番派手な魔法だったのよ。こう、説得力があると言うか」

「――――そうでしょうよ」
どよん、と濁った声が、横で呟く。
「死ぬかと思った事は何度かあったけど、今日のは別の意味で酷かったでしょうが」
ルイズは、寄り掛かってくる後ろの荷物を指し示した。
完全に意識を失った、ミス・ロングビル。

リンディが使う魔法の恐ろしさは充分に知っていたが、まさか天候を操れるとは思っていなかったのだろう。
しかもあの冷酷な口調と表情。
屋敷ごと焼き払われる恐怖に凍り付き、無言で卒倒した彼女には同情するしかない。
正直な話、ルイズにだって恐怖が残っている。

「いやあ、それにしても大したもんだぜ」
それまで無言でいたデルフが、フォローするように呟いた。
あの場で荒れ狂った魔力と、電撃の恐ろしさを一番理解していた彼は、素直に感心していたのだ。
「相棒が本気で魔法を使ったら、街の一つや二つは皆殺しに出来そうだ」
「しませんって」
リンディは苦笑した。そんな虐殺者みたいな言われ方は、王宮だけで充分である。

ちなみに、次の日マザリーニから散々小言を並べられて半泣きになるのだが――それは余談。



「一応、聞いておくけど」
自分は結局何しに行ったんだか、と愚痴りながら、ルイズが睨み付けてくる。
「あれが、あんたの本性じゃないでしょうね?」
「まさか。演技ですよ演技。ルイズさんたちが来なければ、もう少し穏やかに進めるつもりだったもの」
彼女は残念そうに呟いた。
ホラー映画ではなく、何だか分からないジャンルになってしまったのは不本意。

もっとも、途中からについては。
「……ちょっと盛り上がり過ぎた気はしちゃうかな」
「ちょっと、ねえ」
ルイズは小さく溜息を吐いた。
あれが『ちょっと』と言われて、誰が納得するのやら――と思ったが、確実に一人いるわけで。
いつもと同じシエスタの表情に、何となく理不尽さを感じる。

「何でシエスタは平気なわけ? 怖くはなかったの?」
「もちろん怖かったですよ。でも、わたしは信じてますから」
シエスタは手綱を握る祖母に抱き付いて、にこやかに笑う。

「どんな事があっても、必ず何とかしてくれる人ですからね」

そう言った彼女の表情は。
遙か離れた場所で同じ事を告げた、ギンガ・ナカジマの浮かべたものに良く似ていたという。








――――その後。

ジュール・ド・モット伯爵の生活振りは相変わらず。
王宮勅使を担い、国内中を飛び回っている。

彼が、女遊びを止めたかどうかは分からない。
ある村に行く時だけは、王族に拝謁する様な正装を用意するという噂も聞かない。村内では極めて紳士的という噂も。
社交界で相手に接する時、身分を選ばなくなったという話もあるが、さて――それも本当かどうか。
女性に対する熱意は、より大きくなったようである。
とは言え。学院に来るたびに、学院長の秘書を本気で口説くようになったのは、おそらく些細な事だろう。

ただ。

「何とかならないのかね、あれ」
「さあ。本気で結婚したいってんなら、考えてあげたら?」
「……勘弁してよ」
げんなりとしたロングビルの愚痴を、ルイズが頻繁に聞くようになったのは――紛れもない事実である。










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夏色四片 第34.3話

2007/10/03 00:41
「さ、どうぞ」
「おお、すまんな」
グラスに注がれた酒を、モットは舌の上で転がした。
いつもより甘みの深い味わい。
(大した値ではないはずだが……酌をする相手によって、こうも違うものか)
広い書斎で満足そうに頷きながら、彼は傍らに座る女性に目をやった。

ソファの横で、細い指先がデキャンタを片付けている。

何気なく触れようと手を伸ばすと――寸前に立ち上がった彼女から、悪戯っぽい笑みが降りてきた。
「お仕事はもう少しでございましょう? まだ酔うには早うございます」
「む、そうか」
一瞬、宙に残された手を所在なげに彷徨わせたが、思い直すようにグラスを一気に呷った。
新入りのメイドに焦っているように見られては、伯爵としての名が廃る。

それに、今宵の相手は年下の方と決めたばかりだ。
「暗くなってきたな。灯を増やしてくれ」
「かしこまりました」
会釈をした影が、並んだ燭台の側を軽やかに通り過ぎる。次々と灯される新たな光。

それを受けた緑の美しい髪が、新しい服と違和感なく流れた。
この屋敷専用のメイド服。
トリステイン魔法学院の物とは異なり、袖とスカートは短めで、胸元を広く開けた少々大胆な物。
色も黒ではなく赤主体。活動的な印象を意図した物と言えなくもない。
もっとも、年配のメイド長はもう少し落ち着いた仕立てとなっているから、意図が異なるのは明白だが。


ペンを走らせる音が響く。
「どうだ、もう仕事には慣れたかな?」
「はい」
退出しようとしていたそのメイドは、盆を抱えたまま振り返った。
「お掃除が大変かと思いましたが、人数もいらっしゃるので」
「ここは新規雇いが多いのでな」
その代わり、短期で辞める者も少なくない。
見目良い平民を集めてはいるが、それらは必ずしも長期雇用を意味しないからだ。
広いとは言っても、屋敷の物理的許容量には限度がある。
もちろん、財政的にもだが。

ほとんどの者は、彼に幾度か伽を申し付けられた後、一定の手当を与えられて職を辞すのである。
長期残っている者は、彼に余程気に入られたか――自ら望んで居着いた者に限られた。

「とは言え、お前のように機転が利きそうな者は少ないからな」
モットは深々と頷く。
「読み書きをもう少し覚えてくれれば、いずれはメイド長として、屋敷内を取り仕切って貰う事になるだろう」
「それは光栄です」
微笑んだ彼女は、書斎の壁に並んだ物を眺めた。
中身がぎっしり詰まった立派な本棚。

「読みたいのか?」
その視線に気付き、彼は自慢げな笑みを浮かべた。
「本は良い。私は書物のコレクションをしておる。これらは知恵の象徴、高尚な貴族しか持ち得ぬ趣味だ」
腰を上げ、側の本棚に歩み寄る。
「魔法学院の図書館とは比べようもないが――それでも我が蔵書は、それなりに知られておるのだよ」
「全て、お読みになられたのですか?」
「無論だ」
彼は間髪を入れず頷いた。
「ただ買い漁って並べるだけでは、真のコレクターとは言えんではないか」
「失礼致しました」
彼女は感嘆したように頭を下げると、それでは、と部屋を退出した。




「……ええっと」
扉を閉めたリンディは、お盆を抱き締めるように腕を組んだ後――難しい顔で首を傾げた。
左右を眺める。
埃の落ちていない通路は、多過ぎる程のメイドによって、毎日掃除されている証拠。
窓の外には数人の衛兵と、名前も知らない獣。
警備に怠けた様子は見えないから、この屋敷の規律はそこそこ行き届いている事が分かる。
つまり。

(普通の人だわ)
呆然と天井を見上げた。

ジュール・ド・モット伯爵。
上級貴族にして、王宮勅使を担う男。
水系統のトライアングルメイジ。才能だけでは身に付かないだろうから、学ぶ努力は出来るという事。
もちろん、貴族としての傲慢さは持っているが、別に平民蔑視を積極的に表す人間でもない。
見事な噴水のある広大な敷地の屋敷には、目立っておかしな点は見受けられず。
家人や使用人にも、大きな揉め事を抱えている様子は無い。
趣味は書物の収集。
コレクターとして名を知られるからには、見栄や体面の為だけとも思えない。

大きな欠点は――女遊び。

(それだけなのよね。もう少し困った人かと思ったら、そうでも無さそうだし)
考えてみれば、当たり前かもしれない。
領主としての評判は知らないが、目立つような素行の悪さが有れば、王宮で噂になる。
その場合、アンリエッタはともかく、あのマザリーニ枢機卿が勅使に据えておくはずがない。
王室の権威に関わるからだ。

「どちらにしても、そろそろ夕食時ね」
その後、シエスタには湯浴みが申し付けられている。あまり時間は無い。
厨房に向かって歩きながら、リンディは唸った。
「女の敵、って言うには少し弱いし……この国の規準で考えたら、彼に落ち度は無いもの」
下層階級である平民の女に手を出すなど、後ろ指を指される様な事でもないのだろう。
精々、女好きと言われる程度か。
(領主様に話しても、無駄だろうしね)
シエスタの出身地であるタルブの領主――アストン伯――に話を通したとしても、この程度の事では動いてくれないはず。
領民を『強奪』されたわけではないのだから。

確かに、平民には貴族に逆らう権利が実質存在しない。
つまりシエスタには選択権が無いという事だ。意に添わぬ事を押し付けられる事実は変わらない。
だが、それはこの国の身分制度から生じた弊害であって、モット個人に帰する問題ではないのである。

そして管理局魔導師は、現地の社会制度には不介入が原則。
彼が悪逆非道な領主か、人を玩具のように扱う非道、或いは人格的な破綻者であれば保護の名目で介入出来る。
が、そうでない以上、本来はシエスタを見捨てなければならないのだが――そんなつもりも毛頭無い。

(やっぱり、初期プランで行くしかないかしら)
リンディは、思考を纏める為に足を止めた。

最初は、結界を使って彼を孤立させ、魔法の遠隔操作で起こした数々の怪しげな現象の中に、問答無用で放り込むつもりだったのだ。
完全な静寂が漂う屋敷に、徐々に女性の啜り泣きや呻き声が響き、見えない影が一挙手一投足を阻害する。
逃げ出そうにも、見えない壁が取り囲んでいて脱出出来ない。
そんな中で、彼は自分が如何に女性の恨みを買っていたかを知る。――激しい後悔と絶望に包まれて。

と、まあ要するに、ホラー映画の真似事である。
女性恐怖症になるまで徹底的に、などと思っていたのだが。
そこまでするのは、ちょっと。

「……ほどほどにしておかないと、可哀想だものね」
彼女は、多少の罪悪感を込めて呟いた。


      ◆   ◆   ◆


屋敷までの街道は、綺麗に整備されている。
夜とはいえ、月明かりは充分だ。これならほぼ全速で飛ばせるだろう。
(だけどねえ)
先頭に立って馬を駆りながら、ロングビルは釈然としない気分を持て余していた。
何だって、自分がこんな事を付き合わされているのか。

「あのさあ、向こうに行って何をするつもりなわけ?」
「え?」
「あいつが何を考えてるか分からないけど、手伝うつもりじゃないんだろ?」
「当たり前じゃない」
馬に鞭を入れ、ルイズは彼女の横に並んだ。
「手伝うどころか、助けるつもりも無いわよ。どうせ必要ないんだから」
「だったら別にいいじゃないさ」
彼女は、駄目元で聞いてみた。
「学院でのんびり待ってるって手は無いのかい?」

「――たまに、あんた達は全員、忘れてるんじゃないかと思うんだけど」
ルイズは座った眼で睨み付けた。
「あれはね、わたしの使い魔なの! なのに主人の知らない所で、勝手な事していいわけないでしょ!」
「そりゃごもっとも」
ほらやっぱり駄目だったと諦めると、ロングビルは僅かに顔を引き締めた。

この剣幕だと、モット伯の屋敷でどんなトラブルに巻き込まれるか分からない。
(分別の有る子だから、大した問題は起きないと思うけど)
しかしリスクはリスクだ。付き合う義理は無い。

それでも、何故か帰る気にはなれなかった。

色々な意味で、ルイズという存在から目を離せないのだ。
併走する少女の気迫と熱意は実に面白い。無鉄砲で気性も激しいが、気高さと冷静な判断力も持ち合わせている。
それに、最近は凛々しさも伴う様になってきて――先行きが極めて楽しみだと言えた。

(何だか、もう一人妹分が出来た気分だよ)
馬を更に加速させながら、彼女はつい苦笑した。




「あー、如何にもって感じだわ」
木に手綱を縛り付けてたロングビルが、夜陰に浮かぶ光景をそう評した。
モット伯の屋敷は、さすが伯爵家と言える広大な敷地を誇っており、正門からは大きな噴水が見て取れる。
「でも、あんたの家の方が凄いんだろ?」
「そうね」
ルイズはあっさりと頷いた。
王家に連なるヴァリエール公爵家と比べるのは、幾ら何でも無理がある。

「それで、どうすんのさ」
「正面から堂々と――って思ったんだけど」
さほど高くない塀を見上げて、ルイズは腕を組んだ。
正門を含む各門には煌々と篝火が焚かれ、警備の者が常駐している。
「取り次ぎをお願いしても、時間が掛かりそうなのよね。それに」
「それに?」
「どう説明したらいいのか分かんない」
「あー……」
苦笑すると、ロングビルは頭を掻いた。
「そりゃ、わたしにも無理だわ。そう言う事なら仕方ないか」
と、ルイズの腕を取った。
「? なによ?」
「本業だよ。地面の下から行くのと、空から行くの、どっちがいい? お薦めは地下からだけど」
土のトライアングルである盗賊フーケ、十八番の侵入方法。
が、
「それも時間が掛かりそうね」
ついでに泥だらけになりそうだ。
ルイズは自分の学生服を見回した。あまり狭い場所向きの服装でもない。

「空からにしましょ」
「だろうね」
答えが予想通りだったせいか、あっさり肩を竦めるロングビル。
ルイズを背負った彼女は、浮遊魔法を唱えた。とにかく高度を取らねばならない。
夜空をゆっくりと進みながら、背後に囁く。
「何かが飛び回ってるって様子は無いけど、こういう屋敷は何が出てくるか分からないからね」

竜だのガーゴイルだの雇われメイジだの。
他にも――

「例えば?」
「……あんな番犬とかね」
舌打ちすると、彼女は杖を振り上げた。
翼を生やした犬らしき影が数頭、舞い上がってくるのが見えたのだ。


      ◆   ◆   ◆


夕食は豪華だった。
貴族と同等とはいかないが――それでも充分な質で、女性の健康に留意した献立。
何故か、と言うか当然と言うべきか。
大勢のメイドの中でもリンディは平然としていたので、シエスタも落ち着いて食事する事が出来た。


「いいのかなあ」
ぽつりと呟く。
今はメイド長に言われて、湯浴みを堪能している。
肩まで深々と湯に浸かった。サウナと異なり、贅沢に使用された湯に全身を浸すなど、まず味わえない経験だ。
当主が水系統のメイジだからか、表の噴水と同様、豊富な湯量である。

「リンディさん、どうするつもりなんだろう」
ややのぼせ気味になった頭で、シエスタは考える。
彼女がリンディに寄せる信頼は絶大だ。それ故、自分自身に対する不安は一切無いのだが、予想出来ないのは困る。
「何かわたしに出来る事、ないかなあ」
両手で湯をすくった。
水面に映る困り果てた顔。
自分を助けようとしてくれる事は、素直に嬉しい。
楽しそうだったから、遠慮しない方が良いのも分かっている。頼った方が喜んでくれるという事も。
だけど、それでも。
「恩返し、したいな」
言っても詮無き事と分かっている言葉を、口に出さずにはいられなかった。



と――
「シエスタさん」
「は、はい!」
いつの間に来ていたのか、浴場の階段からメイド長の声が掛かる。
いよいよ時間という事か。

「伯爵が寝室でお待ち――――」
唐突に、台詞がぶつりと断ち切られた。

「あの?」
不審に思いながら視線を向けると、そこには誰もいなかった。
急いで歩き去ったとは思えない。しかし階段は無音。耳に聞こえるのは湯の流れる音だけ。
「これは」
異常な事態に、一瞬背筋が寒くなったが――すぐに思い返した。
何が起きているかなんて理解は出来ない。しかし、何が起きつつあるのかという事は分かる。
湯から上がると、手早く体を拭いて更衣場に駆け込んだ。
指示されていた夜着も置いてあったが、少し迷った後に先程の服を手に取った。動きやすい方が良さそうだ。
「と、とにかく捜した方がいいのかな」
それとも、ここでじっとしていた方が良いのか。
幾度か躊躇ったものの。

結局、シエスタは階段を駆け上がっていった。


      ◆   ◆   ◆


(計画、変更ー)
がっくりと肩を落としたリンディは、激しく痛む頭を抱えようとして――
「どうかしたのか?」
「いえ」
不審そうな視線を向けられ、慌てて顔を上げた。
今は、寝室に向かうモットに付き従っている最中である。

「そういえば、伯爵様はタルブの村の話を、ご存じなかった様ですね」
部屋に入り、彼女はベッドシーツの最終確認を行う。
「いや、聞いてはいたぞ。何でも先の戦争中、妙な先住種族が現れて大変だったという事だが」
「大変……ですか?」
「そうだ。詳しい事は知らぬがな」
部屋の端のソファに座ると、彼は動き回るリンディの姿を目で追った。
今夜もそれなりだろうが、明日は更に楽しめるだろう。

「大変、どころでは済まなかったんですよ」
壁際の灯火を確認。短くなっていた蝋燭を取り替える。

使用中の探査魔法からは。
中庭に降り立ったルイズたちが、獣相手に魔法で反撃している様子が伝わってくる。
警備の者が徐々に集まり始めているものの、ほとんどが平民なので大した脅威にはならず。
ついでに、ルイズの背中ではデルフが怒鳴っているので、相手にメイジがいたとしても防御は堅い。

風呂場のシエスタは問題無し。

「たった一人で、アルビオンの軍隊を滅ぼしちゃったんですから」
「そんな馬鹿な話があるか。どうせ噂の元は捕虜共だ。負けた理由を他に転嫁したいだけではないか?」
苦笑いを浮かべると、モットは手元のグラスに手をやった。
「本当の事です」
気付いたリンディが素早く近寄る。
「そして、タルブの住人に手を出すと、怒ったその人が相手を滅ぼしに来るとか」
「手を出すとは?」
酌をされながら、彼はにやりと笑った。視線でベッドを指し示す。
「こういう事は、それには含まれないのかね」

「そうですねえ」
彼女は、にっこりと微笑んだ。
些か意味合いは違うのだろうが、最近聞いた言葉を引用する。
「お子さんが欲しいという事であれば、宜しいのですが。産めよ増やせよ大地に満ちよとも言いますし」
「道楽は許されぬと?」
「はい。第一、貴族と平民の結婚は許されないのでしょう?」
「少なくとも、我が国ではそうあるべきだな」
ゲルマニアではどうかは知らんが、と顔を歪める。



ふと、彼は我慢出来なくなっている事を自覚した。

酌をしていた女の腕を取る。
「伯爵様?」
「やはり今宵はお前にしよう。シエスタには、明日と伝えてもらおうか」
「それは――」
相手の意志はともかく、女性にとって実に失礼な言い様である。
リンディは眼を細めた。
「その様な申されようは、あまり体裁が良いとは思えません」
右手首を掴む相手の腕に、そっと左手を重ねた。

探査魔法に映る光景が、潮時を告げている。
ルイズたちは屋敷の壁を背に、杖を振り上げていた。そして、注進の為にこの部屋に駆けてくる衛兵の姿も。

「気に障ったのか? ならば追々詫びるとしよう」
相手を引き寄せようと力を込めた瞬間。



『――離せ』

「な……!?」
凍て付いた声に、彼は大きく眼を見開いた。
更には激痛で顔を歪める。
女に触れていた腕が、いつの間にか解かれた上に――握り潰されそうになっているのだ。
「き、貴様!」
必死に振り解くと、慌てて相手から距離を置いた。
杖を掴んで身構える。

『女』の様子が、明らかにおかしい。
先程とは全く異なる冷たい表情。刃物のような眼差しが、こちらを蔑む様に眺めている。
(まるで別人ではないか)
嫌な予感に苛まれながらも、彼は怒鳴るように問い掛けた。
「どういうつもりだ。貴族に平民が逆らうとでも言うのか」
『平民?』
相手――リンディは、にたりと笑った。

『我が民に貴族も平民もない。我が地で等しく生を営む者であればな』

彼女の身体が淡く光った。
足下には、見た事もない魔法陣が煌々と輝いている。
『人の体を借りては大した事も出来ぬが、礼儀を弁えぬ者が相手とあれば、それも充分よの』
「人の……体だと」
モットは乾いた唾を飲み込んだ。
杖を持ったまま、じりじりと扉の側に下がる。
彼とて優秀なメイジである。目の前の存在が放つ、膨大な魔力が充分に理解出来た。

あれは、寸前まで自分と話していた平民の女とは、断じて違う。
――そして脳裏に浮かぶのは、女自身から聞いた話。
「まさか……まさか貴様は」
自分の声の震えに合わせるかの様に、女――いや、先住種族の憑代はクスクス笑うと。

『我は忠告したぞ、愚か者!』
発せられた膨大な光と共に。
部屋一杯に広がった輝く羽を、モットは呆然と見上げていた。










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夏色四片 第34.2話

2007/10/03 00:40
昼を少々回った、お茶が恋しくなる時刻。

学院長オスマンは、机越しに一人の男と向かい合っていた。
中肉中背。見栄えは悪くないが、些か威丈高な姿勢が目に付く。
王宮勅使というお役目では仕方ないが。
「さて」
机上の書状を眺めると、再度軽く目を通してからサインを終えた。
近隣の噂となっている、学院の怪異についてである。
例の緑色光。
本来報告不要の『学院内の魔法実験』であったにせよ、外部に漏れた以上は形として報告する必要がある。
要するに、その催促が今頃回って来たという事だ。

(理屈では分かるんじゃがの。枢機卿は裏事情を知っておるはず)
数日前に、リンディが直接説明したと聞いている。――その後で、こんな書類が作成されたという事は。
オスマンは内心で苦笑した。
戦後処理で混乱している王宮の様子が良く分かる。優先順位の低い処理は、上部組織を素通りしているのだろう。
今の情勢下では無理もない。

ついでに添付されていた幾つかの書類にも、適当に目を通す。
この混乱に乗じて、噂の盗賊フーケとやらが学院の宝物を狙うのではないか、といった注意と勧告等々。
(破壊の杖はもう無いんじゃが。代替品も使ってしまったしの)
本当に今更である。

他にも数枚の書類があったが、
(どうせ注目に値する内容など、欠片もありゃせんじゃろう)
さほど目を通さず、机の脇に除けておく。


「ふむ」
確認済のサインが記された書状を受け取った男――ジュール・ド・モット伯爵は目礼した。
「学院の理解とご協力に、感謝致します」
「王宮の勅命に、理解と協力もないでな」
淡々と応じるオスマンに頭を下げると、モットは悠然と踵を返した。

去り際に、入口側の机で書き物をしている女性に声を掛ける。
理知的な風貌の美人。スタイルもなかなかのものだ。
「今度食事でもどうです? ミス・ロングビル」
「あ、はい」
胸元に視線が注がれている事に気付いたのか、彼女はさり気なく襟を正した。
「……それは光栄ですわ、モット伯」
「では、楽しみにしています」
鷹揚に頷いた彼は、静かに部屋を退出した。



まずは本音。
(相変わらず、下半身に正直そうな男だね)
ロングビルは、かろうじて舌打ちを堪える。
いつもより誘いが控えめだったのは、妙に嬉しそうな態度と関係有るのかもしれないが――何かあったのだろうか?
(ま、どうでもいいか)
軽く首を振ると、資料整理の為に腰を上げた。
積み上げられた本を抱え、背の高い本棚に歩み寄る。

「こんな忙しい時期に、王宮はどんな無理難題を?」
「なに、特に気にするような事はないわな」
本棚に向いた相手の腰を眺めながら、オスマンはそっと杖に手を掛けた。
途端、ぎっと睨み付ける気配。
「放っておけば、そのうち王宮の方が忘れてしまうじゃろ。やる事は山ほど有るからの」
ロングビルの冷たい視線に押されるように、渋々と手を離す。

「他にも、フーケとかいう盗賊の件も書いてあったわい。何でも、貴族の宝を専門に狙うらしい」
先程の書類の束を、積み上げた案件の下に放り込む。
「ああ、噂になっている『土くれ』のフーケですか?」
「そうじゃ。まあ、どうせ破壊の杖は元々無いからの。万が一宝物庫に入れたとしても無駄足じゃろう」

(それを知ってたら、こんな事にならなかったわよ!)
悔しがる顔は見てみたいのー、と気楽に笑うオスマンに合わせ、彼女は引きつった笑いを浮かべていた。




――――その夜。

「ルイズさん。わたし、明日はちょっと出掛けてきますね」
いつも通りにルイズの髪を梳きながら、リンディはさらりと言った。
「そう。シエスタと? どこ?」
「歩いて一時間位の場所だそうです。朝早くから出ますけど、夜には戻りますから」
「ふうん」
ルイズは何気なさそうに頷いた。
何をしに行くのか気になるが、身内との外出を追求するのも野暮だろう。
近い内に彼女は去ってしまう。こちらでやりたい事があるなら、出来る限り自由にさせてあげたい。

(それに、夜には帰ってくるなら、その時に聞けばいいわよね)
そう考えた時、くんと強く髪が引かれた。どうやら櫛に引っ掛かったらしい。
「……痛いわよ」
「あ、ごめんなさい」
「?」
慌てて謝るリンディの口調に、妙な違和感を感じて振り返る。
「何かあった?」
「いいえ? 何もありませんけど」
いつものように微笑む顔に、以前のような体調を誤魔化す感じは無さそうだが――?

「あんた、何か困ってない?」
「まさか」
「あっそ。ならいいけど」
何となく笑みが強張っていると思ったのだが、仕方なく納得する。
きっと些細な事なのだろう。本当に困った時は包み隠さず話すと約束してくれたから、それを破る事はないと思うし。
「じゃあ、明後日の予定は空けといて。王宮に呼ばれてるから、一緒に行くわよ」

「あら、それはちょうど良かったかも」

「はあ?」
ぽん、と手を打ち鳴らすリンディに、胡乱な眼差しを向ける。
「なんで『ちょうど良い』のよ。あんたまさか、裏で何かやってたりするんじゃないでしょうね?」
「わたしは、何もしてませんよ」
楽しそうに笑う顔に、嘘は全く無い。
無いのだけど。
ぎりぎりと睨み付け、絞り出すように言う。
「夜には、戻って来るのよね」
「ええ」
涼しげな表情の中に、どことなく困惑したような気配。

我慢。
とにかく我慢する。
僅か一日だというなら何とか我慢出来る、と思う。
「……その時は覚悟しなさいよ。洗いざらい話して貰うからね!」
「何の事か分かりませんが、了解です」

そんな感じの、実に朗らかな返事を聞き捨てながら。
――半ばふて寝する気分で、ルイズはベッドの中に潜り込んだ。


       ◆   ◆   ◆


空は晴れている。

(お洗濯日和だなあ)
などと取り留めのない事を考えながら、シエスタは呆けっと学院を見上げていた。
本来なら、貴族に見初められた無力な平民として、不安と怖れで胸が一杯になっているはずなのに。
頭は昨日から混乱したままだ。

手には小さめの鞄。
荷物は一日分の着替えと小物だけ。

リンディに、
「大丈夫よ。引っ越しどころか、泊まるつもりも無いからね」
と言われたからである。
(一体、何を考えてるんだろう)
幾ら考えても、全く分からない。
あの場で学院長を呼ぶか、ルイズの使い魔という立場を明かせば良かったと思うのだが。
そうすれば、自分はともかく、彼女まで行く事にはならなかったはず。

あの後、二人は移籍の為の書類にサインさせられる羽目になった。
個人との契約ではなく、学院の労働者として勤めるシエスタを譲り受けるには、現勤務先の許可が必要だ。
学院長が目を通すほどの書類ではないだろうが、少なくともミス・ロングビルは確認していてもおかしくない。
――はずだが、昨晩会った時は、いつも通りの様子だった。
とすると。
(何か、二人で打ち合わせとかしたのかな)
前に王女様が来た時も、似たような事をしてたみたいだから。

ちなみに、リンディは書面自体を読めなかったらしく、一瞥しただけで無造作にサインを済ませてしまった。
この世界の文字をそれほど知らないのだから当たり前だ。一般的な手紙ならともかく、格式張った書式は難易度が高すぎる。
一応、名前程度は書けるようになっていたとの事。

読めもしない書類に、堂々とサインしたというのはどうだろう。そもそもメイドですらないのに。
内容は分かっていると思いたいが、
(本当に、分かってるのかなあ)
「お待たせー」
駆け寄って来る彼女は、同じように小さめの鞄を抱え、気楽に手を振っている。
貴族の妾にされそうな事態を抱えているとは、とても思えない。

(だけど、わたしが考えてもムダなんだろうな)
心配する事を含め、色々と諦める事にしたシエスタは――小さな溜息を吐いた。
どうせ、自分に予想なんて出来るはずがない。
いつだって『おばあちゃん』は、知恵の宝庫なのだから。



ちら、と停まっている迎えの馬車を確認してから、リンディは笑い掛けた。
「約束の時間よりかなり早いのに。随分と期待されてるのね」
「期待、って言うより、その」
早く自分の手の届く場所に置きたいのでは、という言葉をシエスタは飲み込んだ。
あまり大っぴらに口にしていい話ではない。

「大丈夫よ。日も高いうちから何かしようとはしないでしょう。表向きは下働きなんだしね」
言いたい事を察したのか、リンディは苦笑する。
「最初は、屋敷内の仕事を覚えさせられるんじゃないかしら」
「はあ」
安心させるように微笑むと、シエスタの肩をトンと叩いた。
「身分の高い貴族のお屋敷を、隅々見られるんだもの。勉強になると思わない?」
「それは、そうですけど」
シエスタは呆れたように呟いた。
確かに良い経験にはなるだろう。――が、今はそれどころではない。

「あの、本っ当に分かってますか?」
馬車に向かって歩き始めたリンディを追いかけながら、我慢出来ずに問い掛ける。
「もちろん、分かってるわよ」
微笑みかけた後、彼女は悪戯っぽく笑う。
「最初は少し困っちゃったけどね。よく考えたら、わたしホラー映画もそんなに嫌いじゃないの」
「えいが?」
聞き慣れない単語を耳にして、シエスタは首を傾げた。
「えいがって何ですか?」
「お芝居みたいなものよ。色々な種類があるんだけど、その中でもこういう時に合った話を思い出してね」
それが『ホラー』という事だろうか?
意味合いとしては戦慄とか、恐怖?
「でもホラーって……何だか怖そうな感じがするんですけど」
「そうね。言葉通りの意味だと、恐怖かな」
あの井戸の女の子は怖かったー、とリンディは感慨深げに頷く。
「あの、それはどういう――」
「ほら、早く乗りましょう」
さっさと馬車に乗り込む彼女の後に続いて、シエスタは慌てて荷物を抱え上げた。

――何故か唐突に、頭を抱えて座り込みたくなったが。
我慢出来たのは、後から考えても本当に大したものだったと思う。


      ◆   ◆   ◆


(……何なのよ)
激しく扉を叩く音に、ルイズはうたた寝から目を覚ました。
ふらふらと机から頭を起こすと、いつの間にか窓の外は暗くなっていた。日が落ちたばかりだろうか。

鳴り止まないノックの音。
「キュルケ? それともギーシュ?」
または以前同様、コルベール教師か。
苛立たしげな表情を浮かべながらも、仕方なく扉に向かう。

「遅いよっ!」
開くと同時に、予想外の人影が転がり込んできた。
「な、何よあんた!? リンディなら、まだ帰っていないわよ!」
ルイズは慌てて杖を取り出した。
目の前で息を切らしているのは、ミス・ロングビルこと『土くれ』のフーケである。
「か、帰っていないのは、当たり前、だろ。――やっぱり、あんたも知らなかったのかい」
胸を押さえ、何とか息を整える彼女は、がさごそと書類を取り出した。
「何よそれ?」
「いいから読んで」
押しつけられたそれを、ルイズは訝しげに眺める。

「オスマンが見逃してたんだよ。こんな物、どうやったら見逃せるって言うんだか」
ロングビルは忌々しげに吐き捨てた。



今日の勤務時間終了間際。
優先順位の低い案件を整理していた時に、偶然見つけた書類。

一瞬、幻覚でも見たかと思って伊達眼鏡を外し、何度も目を擦ってから五回ほど読み直した。
学院人事への届け出と、添付された同意書。
要するに、メイド二名の異動が記されているわけだが――内一人は、そもそもメイドの名簿に無い名前で。
(ってかさ、いつあんたがメイドになったんだよ!)
一応、ロングビルとしての自分はリンディの正体を知らない事になっているが、そこはそれ。
激しい眩暈が襲うものの、何とか体勢を立て直す。
「オ、オールド・オスマン!」
「なんじゃな」
「これは一体どういう事です!?」
のほほんと返事をする相手の机に、書類を勢い良く叩き付けた。

「ふーむ……」
長い沈黙の後。
「こんなもの有ったかの?」
「昨日、モット伯が提出したはずなんですが……見覚えが無いとは言わせませんよ」
ロングビルは、左手でこっそり辞書を引っ掴む。
「メイドでもない使い魔が勝手に職場替え、しかもこれは」
「知らん。――しかし」
「しかし?」
肩に力を込めて微笑んだ彼女に、羨ましそうな声が届く。
「豪儀じゃの。一度に二人も相手に――」

轟音と共に辞書を叩き付けられたオスマンは、椅子ごと机の下に沈んだ。




「あいつの事だから心配なんかしないけどさ、何を考えてるんだかさっぱり分からないだろ?」
まさか男漁りに行ったとは思えないし、分別無く暴れるとも思えないが。
下手な事をされでもしたら。ただでさえ限界近い自分の仕事が、天井知らずになってしまう。
「とにかく、あんたも知らないって事は」

「知ってるわけないでしょう……!」
ぶるぶると震える手の中で、書類が徐々に皺だらけになっていく。

いや。
正確には、知らされていたのだ。
貴族が、見目の良い平民――リンディやシエスタに目を付けて、妾となる事を強引に迫るなど充分に有り得る話だ。
つまり、リンディ『が』何もしてないというのは事実だろう。
その結果、シエスタと今日出掛けるという話になったわけで。
――確かに嘘は言ってない。
その上で、夜には帰るというのも嘘ではないのだろう。

が。
「な、な、何を考えてるのよ!」
手紙を床に叩き付けると、景気良く踏みにじる。
つまり、最初っから破棄する予定の契約である。一体、何をするつもりやら。

走り出そうとしてから、思い出したようにベッド脇のそれを掴み上げた。
少し引き抜いて問い掛ける。
「あんた、まさか知ってたんじゃないでしょうね?」
「聞かされちゃあいたけどよ」
デルフは飄々と呟いた。
「どうせ夜には帰るってんだから、気にする必要は無いだろうによ」
「ほほう」
嫌な笑い方をすると、ルイズは杖を振り上げる。
「主人の気持ちも知らないで、どいつもこいつも――」
「ま、待ったって! 落ち着けこら!」
開始された詠唱を遮ろうと、デルフは説き伏せにかかる。
「あの相棒が、メイドの娘の立場が悪くなるような事するわけねえだろ? 強引に断っちまったら、あちこちに角が立つしよ」
「そうだよねえ」
とロングビルのフォローが入った。

「おそらく、自分よりシエスタの事を考えたんだろうね。相手は王宮勤めの上級貴族だし」
「また何か、搦め手を考えてるんじゃねえか? 相棒はそういうの得意そうだ」
彼女は剣の前に屈み込んだ。
「だろうけど、こっちの迷惑になりそうな事だと困るんだよ。前回の件もあるしさあ」

杖を振り上げた姿勢で固まったルイズの前で、二人はこそこそと相談を続ける。
「お前さんが書類仕事で多忙だと、相棒は楽しそうだぜ。社会復帰していってる感じが嬉しいんじゃないのかね?」
「冗談きついって。定時で上がれないのが基本なんて、事務屋としては間違ってるだろ?」
「そんなもんかね」
「そんなもんさ」
ロングビルは深々と溜息を吐く。
「とにかく、わたしとしては見過ごして痛い目に遭いたくないんだけど、首を突っ込むのも願い下げだし」

「――――今更、何言ってんのよ」
「うぇ?」
粘っこい声が絡み付き、彼女は恐々と振り返った。
世にも冷たい眼差しが、凄まじい怒気を孕んで見下ろしている。
「ちょ、ちょっと?」
「あんた、モット伯の屋敷の場所って知ってるんでしょ?」
屈んでいるのをいい事に、ルイズは相手の首根っこを掴んでギリギリと締め上げる。
痛みよりも迫力に押され、ロングビルは慌てて頷いた。
「なら行くわよ。案内しなさい!」
「痛たた、痛いって! 何でわたしまで行かなきゃなんないのさ!?」

片手に剣、片手に自分より背の高い女性を引き摺りながら、ルイズはぎらりと目を光らせた。
朝から今の時間まで丸一日。
様々な意味でもう手遅れかもしれないが、とにかく行かねば気が済まない。
馬なら大した時間はかからないはずだ。

モット伯の屋敷とやらは、どうせ『歩いて一時間』の距離に有るのだろうから。










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夏色四片 第34.1話

2007/10/03 00:39
大きめのリボンが風に揺れる。

ギンガは、静かに息を吐いた。
白いブラウスに紺のキュロットという、極めてラフな姿に緊張感は見えない。

利き腕を腰に添え、右腕を眼前に掲げた半身の体勢。いつもとはやや異なる構え。
素足に感じられる床板の冷たさ。耳に入る小鳥の鳴き声に、さわさわと響く床下からの話し声。
そして――前方より襲う岩のような闘志。
(でもまあ、いつも通り)
自分が緊張していない事を自覚する。心の中には波一つ立たず。
足の指一関節分、僅かに歩を進める。

板の間は二十畳程の広さ。
この価格帯のマンションには珍しい、やや広めのダイニングルーム。
バリアフリー設計の二部屋を開放する事で、こういった広い空間を作り出している。

階下から聞こえる声は、この部屋を借りた直後に入居してきた、若い夫婦の子供たちだろう。
横合いから混ざる意味不明な単語は、隣室の女性が飼うセキセイインコの発するもの。
部屋に差し込む陽の光は暖かく、流れ始めた風も爽やかで気持ち良い。

周囲の様子と音が、身体全体に伝わってくる。
雑念を生むわけではなく、前方に立つ『敵』すらも風景の一部として捉える感覚。



ふと、自分が間合いに達した事を理解する。

――と、同時に。
前方の偉丈夫が先に動いた。
ぎりぎりと握りられた右拳が、こちらの頭を砕こうと突き進む。
風を切る轟音は無い。
子供が走るよりも遅い、ゆっくりとした動き。
だが、激しく軋む筋肉が、膨大な量の空気を押しのける有様が伝わってくる。ちり、と肌を切り裂くような熱気。
まともに受ければ、シールドごと弾き飛ばされる。

腰を沈めながら、左拳にてそれを打ち上げる。ダメージを与える為の打撃防御。
今度は逆に、相手が身体を大きく捻った。
本来ならリボルバーナックルが装備されている拳だ。直撃は危険と判断したのだろう。
崩れた体勢の隙を逃さず、ギンガは左拳を引き戻す反動で右肘を撃ち出した。
狙いは相手の顎。

が、それは相手の左腕に流される。

そう判断したのは数瞬後の事だ。身体は思考に縛られない。
彼女は振り抜いた勢いを維持したまま半回転し、左肘で相手の脇腹を狙った。下方から心臓まで撃ち抜くように。
そして。

トン、と肘が相手の脇腹に触れた瞬間、
「駄目だな」
「ダメですね」
重々しい声と彼女の苦笑が同時に響き――その場の空気が拡散した。

途端に、汗が全身を湿らしていく。
こういった反応速度を落とした組手は、見掛けよりも遙かに精神を消耗する。急激に襲ってくる疲労感。
全力疾走後の様な充足した感覚に、二人は思わず笑みを浮かべていた。
朝の組手は、今ので最後である。



相手の延髄に当てていた肘を、ザフィーラは無造作に引き戻した。
「良くて相撃ちだな。回転軸をずらした反応は良かったが」
「それに対応して正確に肘を落とせる人も、少ないと思いたいんですけどね」
肩を落としたギンガは、窓の外に眼を向けた。
一つ建物を挟んだ先に、ハラオウン家のあるマンションが建っている。
現在、部屋にいる者はエイミィ・ハラオウンと二人の子供、そして使い魔のアルフ。
定例の念話を送ってみる。
『そちらはどうですか?』
『ちょうど朝御飯が終わったトコだ。もう少ししたら子供たちは寝ちゃうと思うぞ』
様子を聞いてみると、明るい口調が返ってきた。
外見同様の子供っぽい印象だが、本来の姿は、ザフィーラと同じく筋骨逞しい女傑である。
『エイミィさんの事も、宜しくお願いしますね』
『当たり前だよ。無理矢理にでも子供と一緒に眠らせるさ。――それと、ザフィーラ』
『なんだ』
『あんまりギンガに無理させんなー。そっちだって本調子の保証は無いんだからさ』
と、忠告じみた言葉を最後に、アルフの念話は打ち切られた。

「そうなのか?」
「大丈夫ですよ。父さんと、マリーさんにも許可を貰ってますし」
ぐ、と握り拳を見せた後、ギンガは軽やかに台所に向かう。
鼻歌を歌いながら昼食の下拵えを始める姿には、素朴とも言える淑やかさと、清涼な美しさがある。
内面に悩み事を抱えても、それを相手に感じさせない。
(そこが彼女の彼女たる所以だな)
後片付けを進めるザフィーラは、彼女の事を思い返す。

以前の事件の後遺症は、まだ完全には癒えていないはずだ。

孤立無援の中で同格以上の敵三人と戦闘になったギンガは、左腕をもがれた無惨な姿のまま、妹の眼前から拉致された。
瀕死の状態から、人体改造と精神制御という『治療』を施された挙げ句、最終決戦ではスバルと敵として相撃つ事となる。
結果は、敗北に因る正常意識の回復。
予想以上に成長していた妹のおかげで助かったが、一歩間違えば、身内を殺害するかされるかの結末を迎えていただろう。

そして、改造されていた部分の復元とリンカーコアの治療。
そのリハビリは長期に渡った。――――今に至るまで。



特殊な生い立ちに境遇、他にも様々な多くの障害に遭いながら、ギンガ・ナカジマという女性に陰は見えない。
母親を失い、どれだけ過酷な運命に翻弄されようと、曲がることなく真っ直ぐに立つ彼女。

楽しげに野菜を切っている姿を、ザフィーラは眩しい物を見るように眺めた。
「凄いな、お前は」
「はい?」
きょとん、とした表情が振り返る。
「あのリンディ提督が為す術も無かった相手だ。我ら三人、一人も欠ける事無くというのは難しいぞ」
「そうですよね」
たまねぎの皮を丁寧に剥きながら、ギンガは頷いた。

リンディ・ハラオウン提督。
管理局高官にして、伝説の三提督と並び称される『英雄』の一人だ。数々の武勇談も伝わっている。
彼女程の魔導師が遅れを取るとすれば、それは閉所での近接戦闘に他ならない。
AMFが併用された可能性もあるが、それならばガードシステムが警報を発していたはずだ。

「おそらく私たちを上回る技量。更には目標だけを確実に狙う冷静さ、ですか」

証拠をほとんど残さず、無防備に就寝していた他の家族に目もくれない。
以降、全く音沙汰が無いという事実からも、リンディ個人に深い恨みを持つ者の犯行と考えるのが妥当だろう。
高ランク魔導師に対処する方法と、明確な強い意志を所持した相手。
――正直な話、家族にまで手を出してくる可能性は極めて少なかった。

だが、完全に否定出来ない以上、身辺警護は欠かせない。
「ザフィーラさん、アルフさん、私の三人の内、誰か一人でも生き延びないと意味が無いんですよね?」
「そうだ。我等の為すべき事は警護のみに非ず。手掛かりを得る事も、重要な使命の一つだ」
特別捜査官として動いている主――八神はやてからも言われている事だ。
抱えている仕事の合間に、睡眠時間を削って机に向かう姿を思い出す。
憔悴しきった親友の為に、そして自分を庇護してくれた最大の恩人の為に、凄絶な眼差しで書類を捲る姿。
主だけではない。他の騎士たちも全力で動いている。

「もちろん、それは分かってるんですけど」
「どうした?」
「何て言うか、その。うーん……」
ギンガは小首を傾げた。
言われた内容の悲愴さに違和感を覚えた――わけではない。
(明らかに矛盾だらけなのよね。わざわざ家族が揃ってる日に狙うなんて)
クロノ提督やフェイト執務官に絶望を味わわせたいなら、もう一押しが有って然るべきだろうが。
それも、一切無い。
――などという事はギンガに限らず、捜査に関わった者なら誰でも一度は考える事である。
今更、矛盾点を洗い出しても仕方がないはず。

それでも。

(誘拐されて、殺されちゃったかもしれない、かあ)
何故か微妙に引っ掛かる。
本局勤めのリンディと顔を合わせる機会が多かった彼女にとって、どうにも想像出来ない光景なのだ。
別に、現実逃避をしているわけでもないのに。

「あの、怒らないでくださいね?」
輪切りにした玉ねぎをざるに放り込むと、ぬるま湯で軽く湯通しする。
「何となくですけど――あんまり心配しなくてもいいんじゃないかな、って気もしてるんです」
「……その根拠は何だ?」
眉を顰めたザフィーラは、陽の降り注ぐ窓に足を向けた。
眼下に広がる平和な街並み。
暖かな光景は心を穏やかにするが、周りも見えない楽観論者を生むほどの物ではないだろう。
「騎士カリムの様な、未来を予見出来る力でもあれば話は別だが」
「それは無いですけど」
菜箸を振り上げたギンガは、どこか楽団を指揮するような仕草で微笑みながら――

「あのリンディさんですから。何事も無かったかのように、ひょっこり帰ってくると思いますよ」
と、やっぱり怒られそうな事を口にした。


      ◆   ◆   ◆


戦後処理は続いている。

大量の捕虜、転じて志願兵の再編成と居住施設手配。鹵獲した艦船の分析と再艤装。際限なく広まる噂からの機密隔離。
他にもすべき事は数限りない。多忙を極める――という一言では到底足りず。
幾日も不眠不休で働く軍事関係者は、喜悦と悲鳴で壊れそうな雰囲気を振り撒いている。

では内政はと言うと。
被害が実質ゼロだった事もあり、平常時とさほど変わらない状態で推移している。
本来なら戦時下の税率上昇は避けられないが、今回は検討している段階で終戦となった為、あっさりと見送られた。
物価の上昇は微々たるものである。流通網への影響もほとんど無い。
アルビオンという、直接国境を接していない国が交戦相手だったという事実が、混乱を最小限に止めていた。
結果として、市民生活は平穏そのものである。

無論、兎にも角にも外敵を撃ち破ったトリステイン軍と、陣頭に立った王女の人気は極めて高くなっている。
そして、新女王即位を控えたアンリエッタは多忙を極め、些細な事を把握する余裕など無かった。
その補佐――というよりも、実質大部分の政務を引き受けたマザリーニ枢機卿も同様で。
定例業務として発せられる名目だけの勅旨など、視界を素通りする有様であったのだろう。

まあ要するに。
妙な噂が目立つトリステイン魔法学院に、いつもの如く勅使が視察に出向いた事など――誰も把握していなかったのだ。





「なにかしら?」
洗濯物を運んでいたリンディは、やたらと豪奢な馬車に目を留めた。

以前のようなバリアジャケットだと目立つので、今はシエスタと同じ下働きの服装である。
ここ数日は、この姿で堂々と下働き作業を手伝っていた。
戦後処理をある程度見届けてから帰還する予定だが、それまではいつも通りの生活をすると決めたからだ。
確かに、例の噂を聞いた生徒の視線は結構痛かったりする。
さり気ない風を装い、質問してくる者も少なくない。
観察対象として多少の緊張は強いられるのは、まあ予測の範囲内。

もっとも、噂は馬鹿馬鹿しい程の尾鰭が付いた結果、かえって信憑性が伝わりにくい内容になっていた。
あと一週間程ならば、何とか誤魔化せるだろう。

(だから、自分から関わるのは良くないんだろうけど)
こういう場合は話が別だ。
荷物を水場に置くと、軽くスカートを持ち上げて走り出す。
目に映るのは――馬車の側で偉そうな男たちに囲まれ、車内の貴族から声を掛けられ困っている女の子。
しかも、それが自分の孫娘なら、尚更ではないか。


「どうなさいました?」
「何だ、お前は」
リンディが声を掛けると、男が一人、鋭い視線を向けてきた。
いかにも護衛といった風情だ。鎧姿は立派なもので、それだけで仕える貴族の家格が伝わってくる。
「わたしは、その子の同僚です」
「リンディさん……」
泣きそうな顔のシエスタに近付く。
視線が集まる中、リンディは彼女を後ろに庇うようにして立ち、周囲に視線を走らせた。

護衛は四人。それなりに場数を踏んだ者。
立派な馬車の中には、平凡な顔立ちの中年貴族が一人、こちらを舐め回すような視線で眺めている。

「何か、この子が粗相を?」
「お前には関係なかろう。今、伯爵様がその者と話をしているところだ。余計な口を」
「ああ、待て待て」
鷹揚に護衛の者を制した貴族が、すうと目を細めた。

「私はジュール・ド・モット伯爵である。波濤のモットとも呼ばれているがね。お前の名は?」
「リンディと申します。伯爵様」
にっこりと会釈すると、彼は思案気に首を傾げた。
「以前、学院に来た時には見掛けなかったな。そこのシエスタよりも後に入ったのかね」
「いいえ。学院外に使いで出向く事も多いので、その時は不在にしていたのでしょう」
「なるほどな」
モットは深々と頷いた。


(これほどの者に、今まで気付かなんだとは)
彼は、眼前の女に目を奪われている自分に気付いている。
弛みそうになる口元を引き締め、威厳を保つ事に全力を傾けた。
改めて値踏みする。
美麗な顔立ちに流れるような髪。服の上からでも分かるスタイルの良さ。柔和な印象から、平民には珍しい気品が感じられる。
歳はやや上――学院長の秘書と同じ位か。

自分が王宮勤めである事、そして栄誉有る勅使として各地に出向いている事を説明すると、女は驚いた表情を浮かべた。
不思議そうな、何故かどことなく妙な反応が気になったが、些細な事だろう。
どちらにせよ、こちらの権威と家柄は充分に伝わったようだ。

「リンディとやら、身寄りはあるのかね?」
「はい? えっと、そうですね。故郷に子供がおりますが、それが何か?」
戸惑いながらも、リンディは柔らかく応える。
先程から、こっそり袖を引いてくるシエスタの様子は気になるが。
(とにかく、穏便にいかないとね)


「結婚しているのか。……ううむ」
苦悩するように腕を組むモット。
「それは、一体どういう意味でしょう?」
「ん? ああ、シエスタの実家は大家族と聞いてな。ならば私の屋敷で働いた方が良かろうと、勧めておったのだ」
稼ぎが少なくて困っているようだしな、と彼は労るように言う。
「いえ、わたしは別に――」
慌てて異議を唱えようとしたシエスタは、護衛の強い視線を受けて口を噤んだ。
「私の所で働けば、稼ぎは比べ物にならんぞ。それに、単なる下働きとして雇うわけでもないしな」
「はあ」
リンディは、ほんの微かに眉を顰めた。
「それは、つまり」
「言うまでもなかろう。一平民には想像も出来ぬ程の贅沢もさせてやるつもりだ。良い話だとは思わんか?」

つまり――妾にならないかと言っているわけだ。

(シエスタさんは可愛いものね)
一瞬、途方に暮れたように空を見上げた後、リンディはゆっくりと振り向いた。
何とも言えない表情のシエスタと、視線を合わせる。
(ど、どうしましょう?)
(困ったわね。……王女様か、マザリーニさんに連絡した方が良いのかしら)
あまり大事にしたくはないのだが。

堂々と断る選択肢は無さそうだ。
この手の男は、女に断られるとかなりしつこいのだ。シエスタの実家に手を回す事すらやりかねない。
そこで気付く。
(そっか、実家があったわね)
大きなマイナス点を一つ思い出した。縁起の悪そうな話があるではないか。



「あの、大変申し上げにくいのですが――この子とわたしの実家は、先頃噂になったタルブです」
「――――!」
聞いた途端、護衛の者たちがざわついた。
未知の先住種族が棲まう村。住民は全てその庇護の元にあると言う。
それは噂でも何でもなく、明白な事実として国内全域に伝わっている。――主に恐怖として。

の、はずだったのだが。

「それがどうかしたのかね?」
「……あれ?」
全く意に介した様子も無く、彼は続ける。
「多少の噂は耳にしたが、なに、戦場の話など大袈裟に伝わるものだ。そんなもの、私は気にせんよ」
「でも、王宮で噂になっていると」
「知らんな」
モットはあっさりと首を振った。
今回の戦に参加しなかった彼は、城内で多忙を極める他の貴族と、会話する機会がほとんど無かったのだ。
ついでに言うと、家柄の割には貴婦人方との会話も少ない。――普段の所行のせいで。

と言う事で、モットは最近の噂に極めて疎かった。
護衛の者が耳元で囁くと、彼は多少顔を顰めたものの、慈悲深い笑みを見せる。

「そうか、タルブ出身の者は苦労しているのだな。そういう事なら――リンディ、お前も来るがよい」
諦めかけた女を得る建前に気付き、彼は意気込んで提案する。
「ですが、わたしには子供が」
「夫と子供の生活は保障しよう。場合によっては離縁しても構わんだろう。その方が幸せになれるかも知れんぞ?」
完全に本気の眼差しだ。一歩も譲る気配無し。
意を汲んだ護衛の男たちが、手続き書類やらの準備を始めていて。

まあとにかく。



(――――うわぁ)
リンディの頭に浮かんだのは、その一言だけだった。










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夏色四片 第27.5話

2007/10/03 00:38
「あら?」
中庭で座り込んだ人影に気付き、キュルケは何となく足を向けた。

暖かな陽差しの中。
いつも通り、彼女の細い指先が動いている。
「編み物、終わりそう?」
「うーん……もう少しかしら」
「そう」
何を編んでるかは知らないが――こういう物は。
「まあ時間はあるんだし、のんびりやればいいんじゃない?」

「それもそうね」
手を止めたリンディは、余った毛糸を手早く巻き上げた。
編み目が崩れないように丁寧に折り畳むと、バスケットにそっと仕舞い込む。

そろそろ、食後のお茶が終わる時間である。

「こんなところで暇潰しする位なら、一緒に参加したらいいのに」
「最近、シエスタさんが手伝わせてくれないんだもの」
給仕としてならともかく、貴族の子弟たちと同席するわけにはいかない。
「それって平民だから?」
「ええ」
今更ねえ、という顔でキュルケは肩を竦めた。
この学院に所属する貴族で、リンディを平民として見ている者など一人もいないのだ。
もっとも。
それが分かってるからこそ、こうして余計な気遣いをさせないよう配慮しているのかもしれない。

(確かに……本物の平民たちは、本当に分かってないとは思うけどね)
約一名を除いて。
ちょっとした旅行から帰ってきてから、シエスタの表情が妙に柔らかくなった事は知っている。
何やら、色々と複雑な事情がありそうなのだが――ルイズの様子を見ると、彼女も知らないらしい。
(隠し事が出来るタイプじゃないしねえ)
主人にすら正体を明かさない使い魔。強力な先住魔法の使い手。
激しい興味が湧くのだが、踏み込んでも多分無駄だろう。
強引に探り出そうにも、根っこの部分でリンディには勝てないのだから。
それは魔法がどうのではなく、人生経験の差というやつで。

それでもまあ、一応は聞いてみる。

「そういえばさ、あなたって幻とかの魔法も使えるわけ?」
「わたしが? 幻術魔法を?」
小首を傾げたリンディは、頬に手を当てて考え込んだ。
実のところ、似たような質問を複数の者からされている。あの夜、自分の幻を見た者が大勢いるそうだ。
さっぱり心当たりは無いのだが。
「あたしなんて、取り込み中に見せられたんだから。てっきりあなたの仕業かと思ったんだけど」
「そんな余裕なんて無かったのよね」
あの時の身体の痛みを思い出して、リンディは眉を顰めた。

第一、例え余裕があったとしても、聞いたことも無い幻術魔法なんて使えない。
「そうなの? 何でも出来そうに見えるんだけど」
「まさか。知人には使える人もいますけどね」
一人は収監中の戦闘機人。
4番の名を持つ彼女の先天固有技能なら、似たような事が可能だろうか?
いや、さすがに範囲が広過ぎるし、不特定多数の知覚に直接侵入する事が出来るとは思えない。

そしてあと一人は――

「ちょっとリンディ! なんでいつも隠れてるのよ」
振り返ると、不機嫌そうなルイズが睨み付けていた。
「隠れてたなんて。ここは暖かくて、気持ち良いものだから」
「そーよ。日向ぼっこしながら喋ってただけじゃない。そんなに怒る事ないでしょ?」
含むように笑ったキュルケに、ルイズは噛み付いた。
「別に怒ってないわよ。だけど、捜すのに手間が掛かるような場所にいられると困るの!」
「なるほどね」
ごもっともな話ではある。が、
「それは、使い魔と感覚を共有出来ない主人が、悪いんじゃないの?」
「う」
楽しそうな相手の指摘に、ルイズはあっさりと口籠もった。

(ま、でもこの辺は割り切ったみたいね)
キュルケは心の中で舌を出した。
真剣に悩んでいたようだから、召喚に関わる事は今まで話題にしなかったのだが――最近は大丈夫そうに見える。
からかうネタは多い方が良いし、
(ヴァリエールはこうでなくっちゃね)
ちょっとした事で落ち込むなんて似合わない。

「か、勝手に歩き回る使い魔の方が悪いに決まってるでしょ!」
ルイズは敗勢を誤魔化すように怒鳴ると、リンディの腕を掴んで強引に引き上げた。
「ほら、行くわよ。午後の授業があるんだから」
「あ、はいはい」
引き摺られて歩きながら、彼女はキュルケとこっそり視線を合わせる。
(さっきの話は、聞かなかった事にしてくれる?)
(そりゃ残念ね)
キュルケは渋々頷いた。

幻を使える知人とやらの話は、是非とも聞いてみたかったのだが。


      ◆   ◆   ◆


海鳴市。
それなりの人口を抱えた中堅都市である。
各種商業施設も整っており――建ち並んだビルを含め、インフラも高度なレベルで構築されている。
それ故、外観はミッドチルダの地方都市と変わらない。
魔法文化が無いという点を除けばの話だが。

ついでに言えば、次元移動手段も無いわけで。

(どう考えたって、現地の人間ってはずはないわよね)
彼女は浅い溜息を吐く。
確かに、突然変異とも言える高ランク魔導師を数人輩出した世界ではあるが、全て外界からの干渉があっての事だ。
似たような事例があったとしても、
「とても接点があるとは思えない、か」
完全な否定は出来ないが、それでも、皆無と言って差し支えないだろう。

ベンチに深く座り直すと、彼方まで広がる海に目を細めた。
正面からの風が長い髪を揺らす。潮の香りと強い陽差しが多少気になったが――それも今更だ。
そう割り切ると、気持ち良い海風を楽しむ事にする。

「静かね」
どうも平日らしく、臨海公園には人影一つ無い。
聞こえるのは、潮騒と木々の奏でる葉擦れくらい。
陽気のせいで少し眠くなる。
(寝ちゃってもいいかなー)
こんなに爽やかな天気なのだから。
一度自覚すると、眠気に逆らう気持ちが薄れていく。

こくこくと船を漕いでいた彼女は、聞き慣れた響きに目を覚ました。
一瞬眩暈がしたから、思ったよりも深く寝入っていたらしい。緊張感が足りない――と言うより寝不足のせいだろう。
(いや、そうじゃないでしょ)
こめかみを揉んでから、視線を向ける。
遠方から大声で自分の名を呼ぶような、非常識で傍迷惑な者は一人しか知らない。
「ったく、いつまで経っても変わらないんだから」
頭を抱えたくなったが、変わらない相手に安心している自覚もあるわけで。
仕方なく、彼女はそれを黙って拾い上げる。
そして。
「ティアーっ!」
叫びながら、満面の笑顔で手を振るかつての相棒に。

「うっさいのよ!」
ティアナ・ランスター執務官補佐は、全力で石を投げつけていた。



特別救助隊に所属している元相棒――スバル・ナカジマは強力な魔導師だ。
近接戦闘に於いては無類の突破力を誇り、切り札の先天固有技能を併用した場合、ほとんどの存在を圧倒する。
更に陸士とはいえ、オリジナル魔法を用いた低高度空戦すらこなしてみせるのだ。
「なのに、あんなのも避けられないなんて。……あんた、少し鈍ったんじゃない?」
ベンチ側の水飲み場で、蛇口を捻る。
ハンカチを水に浸しながら、ティアナは呆れたように呟いた。
後ろでは。
頭を抱えて呻いていた相手が、ようやく顔を上げたところだった。
「顔面直撃なんて、油断しすぎ」
軽く絞って、額に当ててやる。
頑丈さは充分に知っているが、赤くなっているのを見ると結構痛そうだ。

「……ひどいよぉ」
涙を浮かべたまま、スバルは恐々と顔を上げた。
痛いことは痛いが、思っていたより元気な彼女の様子に。
つい嬉しくなって笑ってしまう。
「なによ」
泣き笑いを浮かべた相手に動揺したのか、ティアナは真っ赤になって目を逸らした。
「わ、悪かったわよ。まさか当たるなんて思わなかったから」
「うん、ごめんね。あたしもボケッとしてたから」
ベンチに寝転がると、濡れたハンカチを額に当てた。ひんやりとした感触がやたらと気持ちいい。
手枕を作ろうと腕を上げた途端、唐突に頭を引っ張られた。
「え? なに?」
「じっとしてなさい」
「へ?」
スバルは呆然と呟いた。
後頭部に触れる柔らかい感触。
「ちょ、ちょっと、ティア?」
「じっとしてろって言ったわよ」
膝枕をされている――そう気付いて慌てて見上げた視界に、ティアナの物憂げな表情が映った。
こちらの瞳を覗き込んだ後、ふっと海に視線を向ける。
「いい風よね」
「…………うん」
それきり、沈黙は暫く続いた。



今日の二人は私服である。
以前と同じ服と言うわけではないが、それでも訓練漬けの合間に歩き回った思い出と重なる。
(あー、後でアイス屋さんに寄りたいなー)
それどころでは無いと分かっていても、口元が綻ぶのは止められない。
「……考えが丸分かりなのよ、あんたは」
「ふぇ?」
「いいわよ。久し振りなんだから、ゆっくりと回ろっか」
どうせ何もすること無いしね、とティアナは諦めたように笑った。

現在、彼女は謹慎処分中だ。
愛用デバイスの所持も禁止。
別次元への移動も制限されるので、本来ならミッドチルダから動けないのだが――スバルの所用に同行するという形で許可を得た。
ちなみに所用とは、姉への届け物だそうだ。着替えとか身の回りの細々とした物。
「……ギンガさんは何か言ってた?」
「ううん。ギン姉はいつも通りだよ」

専従捜査という名目の元。スバルの姉ギンガ・ナカジマは、ハラオウン家の護衛を兼ねた監視任務に就いている。
補佐は守護獣ザフィーラ。
近接戦に秀でた二人が選ばれたのは、比較的自由に動ける立場だった事と、被害者とは完全に異なる技能を所持していたからだ。
どれだけ強力な魔導師でも、苦手とする死角は存在する。
被害者の保有技能から推測すれば、敵は近接戦に長けた者と想定する方が自然だった。

「でも、折角の休みなのにって謝られちゃった」
「そう」
「やる事が無いのは、ティアと同じなのにね」
「何かやりたい事を見付けなさいよ。湾岸レスキューの人って、休暇はきちんと取れるはずでしょ?」
特にスバルのようなフォワードは、身体を休めるのも仕事の内である。
だと言うのに。
激務を続け過ぎた挙げ句、大量の代休消化を命じられたのは、どうやら初めてではないらしい。
体質上、連続勤務に強いものだから、月末になると総務の人が顔を真っ青にして怒るのだという。

「少しは他の迷惑ってものを考えなさいよ。過労死なんてされたら大変なんだから」
まあ、スバルには全く似合わない死に方だが。
「他の人の分まで頑張るのは分かるけど、却って負担に思われるわよ?」
「そ、そうだよね。そうだけど――」
「……なによ」
じっと見上げてくるスバルに、彼女は少しだけ迷うように口を噤んだが、
「そうよね。あたしに言う資格は無いか」
諦めたように、盛大な溜息を吐いた。



数日前の任務は、当初、何の問題も無く推移した。
シャーリーの情報分析は的確で、斥候を務めたティアナにもミスは皆無。執務官補佐二人は、過不足無く役割を果たしたと言える。
単純窃盗を繰り返した次元犯罪者の捕縛。
魔導師ランクも低く、実戦経験が豊富なわけでもない、逃げ上手なだけの窃盗犯。
長期休暇を終えたばかりの執務官に与えられた、実績に見合わないほど難易度の低い案件だった。
――本来ならば。

「過剰防衛みたいなものよ。書類に残るようなミスじゃ無いわ」
ティアナは淡々と呟いた。
捕縛直前の犯人を、横合いから撃ち倒したのは自分であり、それは他の者と関わりの無い事だ。
経験の浅い補佐官は予想通りに未熟だった、という評価しか残らない。それ故、謹慎処分も戒告処分以下の形になっている。
人事のレティ提督も、色々と手を回したらしい。

「……フェイトさんは?」
「クロノ提督に随伴して長期航海。当分戻れないでしょ。休みは使い切っちゃったんだから」
(そうじゃないんだけどなあ)
頑なに話を逸らす相手に、スバルはつい言いたくなったが、
(無駄だよね。昔っから意地っ張りなんだもん)
綺麗さっぱり諦めた。
これ以上何か口にすると、抱えられた頭に肘を落とされるのは確実だし。


犯罪者を前に、フェイト・T・ハラオウン執務官が我を忘れた理由なんて、一つしかない。

彼女が、彼女の兄が。そしてその親友たちが交互に取得した長期休暇は、実り無きものに終わった。
得られたものは何一つ無かった。焦燥と不安、そして喪失の恐怖が残っただけ。
実のところ、誰もが理解していたのだ。
リンディ・ハラオウンに悪意を持つ者が存在する事と、そしてその意図がどういうものであるかを。
他ならぬスバル自身が、フェイトに聞いた話である。
リンディ提督は恨まれるような人じゃありません。――そう励ますように言った彼女に、フェイトは僅かに瞳を揺らした。
「だけどね。犯罪者に厳しい人は、絶対に恨まれちゃうんだよ」
私だってそうだよ、と憔悴した顔で笑ったフェイトと、隣にいたシグナムの表情は今でも記憶に残っている。

その直後の任務だったのだ。
バインドで捕らわれた犯罪者が、捨て台詞として、眼前の執務官に親兄弟の襲撃を宣言した瞬間。
フォローに回っていたティアナは、次の状況を正確に予見したのだろう。
そうでなければ、到底間に合わなかったはずだから。

ともかく、既に動けぬ相手に斬り掛かったフェイトを、後方から放たれた射撃魔法が追い抜いたのは事実だ。
功を焦った補佐官の過剰魔法使用により、犯罪者は余分な怪我を負った事になる。


(それで謹慎処分だもんね。ティアらしいや)
「だからその気持ち悪い笑い方、止めなさいよ!」
「うやぁ!?」
うっかり笑ってしまったスバルの頬を、ティアナはぎりぎりと引っ張った。
「いひゃい――いひゃいってば!」
「言いたい事があるなら言いなさいよ、え、こら」
「いひゃいーっ!」
「何、言ってんだか、分からない、わね!」
じたばたと暴れる相手を押さえ込みながら、ティアナは久々に大声で笑っていた。



「あーやめやめ。こういう気分の時は、さっぱりするに限るわね」
「さっぱり、って?」
四段重ねのアイスを手渡すと、スバルはようやく機嫌を直したようだった。
「そ。今日はアリサさんが泊めてくれるんでしょ? だったら先に行っときましょうよ」
「あ……そっか!」
市街にあるスーパー銭湯。
二人で一緒に入るの久し振りだー、と嬉しそうなスバルに苦笑して――彼女は表情を改める。

「ありがと」
「え?」
「あんたみたいな強引さって、こういう時は凄く羨ましいし、ありがたいと思う」
アイスを一口囓る。この陽気のせいか、凄く美味しい。
「フェイトさんたち――もちろんあたしもだけど。前向きのつもりなのに、心のどこかで後ろを見る癖がついてる」
おそらく、それは楽観や悲観という括りではない部分で。
そんな自分が、今やらなければならない事は?
考えるまでもない。
(エリオとキャロにも、『お土産』を持って行かないといけないしさ)
溶けかけた部分を舐めてから、彼女は本当に楽しそうな笑みを浮かべる。
「だから、あんたの休暇中は一緒に楽しむ事にしたからね。――徹底的に遊ぶわよ!」

「うん。そうだね!」
スバルは満面の笑顔で応えた。
そうだ。あの人たちにだって笑顔が一番似合ってる。
自分がティアナに何かを与える事が出来るなら、彼女だって、あの人たちに何かを与えられるかもしれない。

だから。
今は二人で心の底から笑ってみよう。何も考えずに、とにかく前だけを見て歩けばいい。
――――そうしたら、いつかまた、みんなで。










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夏色四片 第26.1話

2007/10/03 00:37
彼女は満足そうだった。

既に動かない体。
夥しい血に塗れた口元には、穏やかな微笑みが浮かんでいる。
そして、その涼しげな眼差しが、自分には一度も向けられた事の無い光を湛えている。――そう、思えた。
愛娘と共に目指す奈落の果て。
戻り道の無い旅路。
それは死に瀕した彼女に、最後の喜びを与えるものだったのかもしれない。

(かあさん)
そっと心の中だけで呼び掛けた。
徐々に薄れゆく彼女。
常に厳しく、畏怖と共に見上げたその姿は、それでも鮮明な憧憬を心に植え付けている。
母親。
造り物である自分にとって、唯一全てだった人。
自分を棄て、拒絶し、最後まで道具としか見てくれなかった大魔導師。
人として冷酷だったからではない。
それは、娘を本当に愛していたから。娘の姿に似た人形を愛する事は、その感情を冒涜する事に繋がるから。
確かに歪んではいたが、その愛情は深く真摯な物だ。
それ故、恨みなど感じた事はない。

ただ、ひたすら残念に思うだけ。
何故自分は、あの人の為に――もう少し頑張れなかったのだろう。



崩壊しつつある空間。もう時間は無い。
差し伸べられた『友達』の手を取りながら、彼女はもう一度眼下を見下ろした。
彼方へと消え行く、一人の影を見据えようと――

(――――違う?)
唐突に感じた、小さな違和感。

彼女は眉を顰めた。
次元断層に堕ちて行くあの人の傍らには、姉が眠るカプセルがあったはずだ。
自分の元となった少女、アリシア・テスタロッサ。
その姿が無い。
(そんなはずは)
言い表せない不安が大きくなるのを感じて、もう一度意識を集中する。
あの人の長い髪が揺れている。自分の金色とは異なる黒い――いや、淡い緑の髪で。

そう、『緑』色の。

(――――!)
彼女は愕然とした。
何故今まで気付かなかったのか。微笑んでいるあの人は……!
(待って!)
必死に腕を振り払った。
自分を止めようとする声が幾つも追い掛けて来るが、耳には入らない。
「待って――お願い!」
奈落の底に堕ちながら、あらん限りの声で呼び掛ける。
心臓の音が割れそうなほど響く。眼下の光景が明確になると共に、それが自分の心を切り刻むから。

その人は、微笑んでいる。
もの凄い苦痛に苛まれているはずなのに。
見慣れた制服ではなく、いつも自分を優しく起こしてくれる時の普段着は――血で真っ赤に染まっていた。
何があったのかなんて分からない。
(でも、早くしないと)
次元断層では魔法が使えない事を理解していたが、それでも全力で足掻く。
距離が縮まったような気はする。でも、微々たるものだ。

追い付けない。

絶望と共に気付いてしまう。自分が辿り着く前に――全てが終わってしまう事を。
「やだ……嫌だよ……お願いだから……」
手を伸ばし、声を張り上げる。
涙で霞み始めた視界の中で――あの人は、微かに言葉を紡いだように見えた。

それが、自分への感謝の言葉だと気付いた時。
それを最後に、目の前から永遠に居なくなってしまったと理解した時。
四散してしまった彼女の前で。

フェイトは、全てを投げ出すように絶叫した。




虚空を掴んだ拳が、目の前で震えている。
じとりとした感触。
人形の様に身を起こした彼女は、滝の如く流れる汗を拭った。
袖口が張り付いて、腕が上げにくい。
まるで水でも被ったかと思われる程、全身が濡れている。――ベッドシーツの皺が、肌に感じられる位に。

盛大な悲鳴が、耳の奥に残っていた。

肺が完全に空っぽになっている事を、鈍い苦痛と共に自覚する。喉にも痺れるような痛み。
忙しなく息を吸いながら、暗い室内を見回した。
ぼんやりと周囲を照らすのは、窓から入り込んだ街灯の青い光。
学校に通っていた頃からそのままにしてある、自分の部屋。変わったのは、ベッドと壁に貼ってある写真の数だけ。
数ヶ月間放って置いたのに、塵一つ積もっていない。
いつ帰ってきても良いようにと、アルフがこまめに掃除してくれていたのだろう。

ふと、目の端に光が映った気がして、彼女は枕元に目を向けた。
金色のデバイスが一つ、月明かりを僅かに反射している。
「……バルディッシュ?」
囁くように声を掛けたが、愛機である『閃光の戦斧』は沈黙を保っていた。
(そっか)
その意図を理解して、フェイトは薄く微笑む。

あれほどの絶叫を上げたのに、隣室のエイミィが起きてくる気配は無い。
おそらく、バルディッシュが遮音してくれたのだ。
アルフは起こしてしまったかもしれないが、心配して声を掛けてくる様子も無かった。
無慈悲な沈黙と、冷酷な無関心。

――だからこそ彼女は、
「ありがとう」
と、素直な感謝を口にした。

二人とも、自分以上に自分の事を知っている。
今、優しい言葉や慰めを与えられたとしても、心を暖める事にはならない。ただ削り続ける為の刃。
それが自責という皮を被った逃避だと、理解はしている。

それでも。

フェイトはベッドから降りると、夜空に浮かんだ月を眺めた。
張り詰めた細い弓。
死神の鎌。

(――って言う地方もあるらしいけど、わたしはこういう月も好きかな)
柔らかな声が聞こえた気がして、彼女は両手で耳を塞いだ。

(映画で見たの? わたしは好きだけどな。フェイトさんに似合ってて、凄く格好良いと思うわよ?)
まだ姓が変わる前に、そう言って微笑んでくれた笑顔。

次の満月の夜。
(桃子さんに教えて貰ったの。お月見って言うんでしょ? フェイトと一緒に作ってみようかなって)
楽しそうに月見団子の材料を揃える、あの人の顔が浮かんで――

「かあさん……」
彼女は、耳を塞いだまま蹲った。色白な身体が、月光に蒼白く染まり震えている。
口から零れるのは、謝罪の言葉。
「ごめんなさい、ごめんなさい。ごめんなさ……い」
ただひたすらに繰り返す。
結局、昔から自分は何も出来ない人間だった、という逃避にしかならない自虐。
友人たちに、そして自分自身でも否定してきたはずなのに、それに身を浸す事を嫌悪出来ない。
(……そんな資格があるわけないんだ)
自分には、多分涙を流す事も許されない。

絶対に失ってはいけない人を――為す術もなく、再び失ってしまったのだから。


      ◆   ◆   ◆


あまり良い夢とは言えなかった。

「だけど、正夢って気もするのよね」
眼を開けた姿勢のまま、リンディは溜息を吐いた。
ここ数日ベッドから出られない状態のせいか、どうにも眠りが浅い。
おかげで夢を良く見るのだが――何故か先程のようなモノばかり。
久々に家族に会えたと思ったら、息子が自分の墓参りをしている姿だとか、娘が絶望に喘いでいる姿とか。
全く、悪趣味もいいところである。

墓はともかく、フェイトの様子は酷く現実的で生々しかった。
「……落ち込んでないと良いんだけど」
自分でも説得力の無い事を口にする。
自慢になるが。
ハラオウン家の者は、自分以外一人残らず生真面目である。
クロノを筆頭に、とにかく全員。
明るい性格のエイミィも、実際は責任感が強く真面目で、気配りに長けた面倒見の良い性格をしている。
それだけに思考も深い。

そういう人たちが、内向きに考え始めると?

「うーん……」
少し怖い考えに陥りそうになったので、リンディは苦笑する事で誤魔化した。
昔と異なり、ハラオウン家の交友関係は随分と広がった。子供たちも良い友人に恵まれている。
一人で抱え込むような真似は許さないと、お節介を焼くタイプも多いのだ。
後は、それなりにフォローしてくれる友人も。
「レティなんて、平然と仕事してそう」
動揺の色すら見せず、日常業務を淡々とこなす様子が想像出来た。
人によっては冷たいと思うかもしれないが、動じない姿を頼もしく思う者も多いはず。

それに第一。
「こういう時こそ、長男に期待すべきよね」
最も信頼している者の姿を思い浮かべて、彼女は深々と頷いた。






クラウディアの出航予定は明後日である。
準備作業に追われる艦長は、本局の執務室に膨大な資料と共に籠もっていた。

急な来客に眉を顰めた彼が、入室を許可したのは昼過ぎの事だ。

書類から目を離さず、淡々と言い捨てる。
「暇なのか?」
「開口一番に何だよ」
「いや、事前調査を山の様に回したはずだったんだがな」
「の様に、じゃなくて、あれは山だ」
「そうだったか?」
彼は、意外そうな面持ちで肩を竦めた。
「前回の任務の資料作成も、多少不備があったな。休みでもないのに、こんな場所をふらふら出来る余裕があるなら――」

「クロノ」

「分かった。話を聞こう」
世にも冷たい視線に晒され、クロノは両手を挙げて降参した。
眼前の無限書庫司書長を本気で怒らせると、抱えている仕事が回らなくなる。それでは少々困るのだ。
「それで? お互い多忙な身だ。簡潔に願いたい」
「相変わらずだね」
司書長――ユーノは呆れたように首を振った。
この腐れ縁の悪友は、本音が極めて分かり難い。こういう時ぐらいは、顔に出しても良かろうに。
「たまーに、エイミィさんの気持ちが分かるよ」
「困らせてみたいってやつか。謀略に参加するつもりなら叩き出すが?」
「そんな暇は無いよ。それに、今のエイミィさんには」

「まあ、な」
クロノは、珍しく口籠もった。
妻が心配なのは事実だが、事は一人に留まらない。
二人の子供と義妹、それに幾人かの同僚についても、考えなければならない事がある。
先が見えているならば、それまで一緒にいてやりたいとも思うのだが――手掛かり一つ無い今の状況では。
「仕事は待ってくれないんでね」
「分かってる」
「明後日には出航だ。後のことは頼む」

「頼む、ね。もう少し、心の籠もった言い方を学んでよ」
苦笑いを浮かべたユーノは、封筒を一通差し出した。
「これは?」
「本題かな。レティ提督に呼び付けられて、配達をお願いされたんだ」
「それはまた、随分と婉曲なやり方だな」
多忙極める司書長を、伝言の為だけに振り回すはずもない。

レティ・ロウラン提督。
管理局で人事と運用を司る、彼の母に負けず劣らずの女傑。
彼女が動くのであれば、慎重な対処が必要となる。……酒癖以外も。


「内容は?」
「今度の航海で、何故かオーバーSランクの魔導師を同行させることになった」
「……ああ、なるほど」
二人は顔を見合わせた。
高位の魔導師も、有能な執務官も、あらゆる現場で引っ張りだこである。
今回のような長期、それも差し迫った危険の無い航海で、常時確保すべき人材ではないはずだ。
だが。
「使い物にならない、と言いたいんだろうな。もっともな話だ」
「随分な言い草だね」
「事実は事実さ。今のフェイトに、高度な任務は無理だろう」
心此処に有らずといった状態では、優秀な補佐官がいても限度がある。しかも、一人は事情があって謹慎中。
かと言って、自宅待機にさせておけるほど、人手が余っているわけでもない。
いや。
「逆に、任務に放り込んでしまえってこと?」
「そうだな。あの人は良く見ている」
休ませれば休ませる程、かえって逆効果になる場合もある。それを危惧したのだろう。

問題は、今度の航海に『多忙』を期待できない事だ。
悩む場所が、自宅から艦内の自室に変わるだけでは、あまり意味が無い。
とすると。


「まあ、そういう事さ」
クロノは空間モニターを呼び出した。
「そうだな……これは前倒しにしても構わないか。それと、この辺りについても――」
「ちょ、ちょっと待ってよ。まさか」
顔を引き攣らせるユーノ。
彼はようやく理解したのだ。自分が伝言役を頼まれた意味と、そこに何を期待されたのか。
嫌とは言わないが、これは幾ら何でも理不尽ではないか。

「よし。これだけ有れば、悩んでる暇など無いはずだな」
大量の案件を並べたクロノは、そのリストを、仕事熱心な無限書庫司書長に突き付けた。

「資料を揃えてくれ。繰り返し言うが、出航は明後日だ」










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夏色四片 第36話

2007/10/03 00:36
草原で摘んだ花束を供えると、リンディは黙祷した。
静謐な時間。
墓碑の前で、彼女が何を語り合っているのか。――それは、本人にしか分からない。

「おばあちゃん、かあ」
少し離れた位置で、ルイズはぽつりと呟いた。
「わたしにとっては、どっちかって言うと『お母さま』って感じなのよね」
「そうですよね。とても仲の良い母娘って雰囲気でしたから」
シエスタも頷いた。
と、何か思い付いたのか、内緒話をするように距離を詰める。
「なに?」
「リンディさんがここに滞在してた時に、何度かおばあちゃんって呼んでみたんです」
「……どんな顔をしてたの?」
「複雑そうな顔で、でもとっても嬉しそうな笑顔を見せてくれました。――ですから」
「そう、ね」
ルイズは頭を掻いた。
普段なら死ぬほど恥ずかしいが、これで最後なんだから。

「お待たせ……?」
戻ってきたリンディは、小首を傾げた。
どういうつもりか、ルイズが睨み付けてくるのだ。
と言うより、真っ赤な顔でぶつぶつと呟いているのは何故だろう。
「えーっと、何かしら?」
「お」
一言だけ言って口籠もる。
シエスタの方を見ると、彼女はにこにこと微笑んでいるだけで。
「お、かぁ」
と続けた真っ赤な顔を見て、残念ながら理解してしまう。驚きが減って損した気分になったが、仕方がない。
居住まいを正し、その言葉を楽しみに待つ事にする。

いざ言おうとすると、もの凄く緊張する。
たった一言が、なかなか口から出てこない。呪文を唱えるよりも難しいとは思わなかった。
(しかも、リンディには気付かれてるしっ!)
嬉しそうな顔でこちらを見ている相手に、少し腹が立つ。
(大体、お母さまって歳には見えないんだもの。ちいねえさまと同じくらいよね)
だから言い辛いのよ、とそこまで考えて、何かが引っ掛かっている事に気付く。
何かって――何だろう?
口に出せない事と、何か関係が……?

「ああっ!」
「ど、どうしたの?」
唐突に叫んだルイズに、リンディは不思議そうな顔で聞いた。
「思い出した。聞くのを忘れてたのよ。なーんか引っ掛かると思ったら、それが原因だったんだわ」
一人で納得すると、ルイズは改めて向き直る。
そして、重々しく口を開き。

「結局、貴女って何歳なの?」
彼女は、真剣な眼差しで問い掛けた。



「はい、綺麗に洗っておきましたよ」
「ありがとう。本当は譲りたいところなんだけど、ここには無い技術だから」
フライパンを受け取ったリンディは、残念そうに振り返った。
彼女の年齢を聞いた時から、ルイズは延々と頭を抱えて唸っている。――どうやら、あの一言は聞けそうにない。
と思ったら、
「やっぱり、おばあさまよ、おばあさま! 他には有り得ないわ!」
顔を上げると同時に、叫ぶように言う。

「えー……おかあさんじゃダメ?」
「可愛く言っても駄目! 大体ね、そんな歳でそんな言い方したって、似合わないわよ」
「そんなあ」
泣いてる真似は、子供っぽくてやたらと可愛い。

が、仁王立ちしたルイズの意志が変わらないと見ると、リンディは諦めたように笑った。
手招きしてシエスタを呼び寄せる。
「そうね。じゃあ二人ともわたしの孫ってことで。――これからも仲良くね」
二人一緒に抱きしめた。
「当然でしょ」
「もちろんです」
異なる、だが同じ言葉が返ってくる。
「帰ったら、こっちの事をたくさん話してあげて。見た事もない親戚にも」
「うん」
「お伝えしたおじいちゃんの話、おじさんに話してあげてくださいね。きっと喜びます」
「そうね」
少しばかり湿っぽい声になっている事を自覚したが、何とか堪える。
それは、多分お互い様で。
最後に、もう一度だけ腕に力を込めると、振り切るように身体を離した。

「それでは、そろそろ行きましょうか」
二人の顔を確認する事無く、リンディは踵を返した。
率先してドームの方へ歩き出す。
――背後から聞こえる微かな嗚咽は、聞こえない事にした。



数刻後。
タルブの村の一角から、緑色の光が空へ駆け上がる。
膨大な魔力を受けた道標が、己の属する世界に向けて飛び立ったのだ。
そして。
明確な座標を定めず、ただ道標に行く先を預けた、超長距離転移魔法が行使される。

光が収まった後。
この大陸が迎えた、純粋な意味の客人は――その僅かな滞在を終えて、無事帰還の途に着いた。


      ◆   ◆   ◆


ふと、何か物音がしたような気がして、エイミィは突っ伏していた机から顔を上げた。
どうやら少し眠っていたらしい。身体の節々が痛む。
軽く首を振って眠気を払うが、ほとんど意味を成さない行為だ。どうせ考えることは一つしかない。
彼女は、のろのろと腰を上げた。

このところ、碌に寝ていない。

彼女の義母――リンディ・ハラオウン総務統括官が行方不明になったのは、三ヶ月以上前の事になる。
その日。
少しばかり寝坊したエイミィは、台所で調理中の食材を目にしていた。
リンディの姿は無かったが、ゴミ捨てか何かで席を外しているのだろうとしか、思わなかったのだ。
二日酔いが残っていたせいもあるだろう。
続きを作ることにして、昼食の用意を進めた一時間後。
起きてきた夫が母親の所在を尋ねた時、初めて彼女らは異常に気付いた。
幸い、高ランク魔導師の揃った一家である。すぐさま精密な広域探索魔法を実行。
台所に残された、空間の僅かな歪みを検出する。

事の重大さを認識した彼は、すぐさまあらゆる手を打った。
各方面への連絡、探査機器の設置と解析、捜索人員の手配等々。
果ては、業務を終えたばかりの無限書庫司書長を引っ張り出した挙げ句、状況が判明する。
――未知の魔法による強制転送。
つまり、悪意ある者によって、管理局高官が自宅より連れ去られたという事である。

管理局全体に知れ渡る大事件となったのは、当然の事だろう。

それから三ヶ月を過ぎ――事件は、何の進展も無い。
犯人からの要求も手掛かりも一切無し。強制転送の解析すら不可能だった。
ほとんどの身内は、立場上自分の業務から離れるわけにもいかない。
専従として、かろうじてギンガが含まれている位だ。
リンディ程の熟練かつ強力な魔導師を、警戒設備の整った自宅から拉致し、現在に至るまで無力化する。
そんな事を可能とする敵対的存在など、幾ら調査しても出てこない。
先頃捕まったような狂的科学者が、まだ市井に埋もれていたとでもいうのだろうか。

実際、死亡の可能性を唱える者は数多い。
これだけの時間を経ているのだ。
強制転送後、殺害されたか標本扱いか――何れにせよ、無事とは思えない。



あれ以来、ハラオウン家には重苦しい空気が漂っていた。
フェイトに至っては、二人目の母すら失った可能性の前に、痛々しいほどに憔悴しきっている。
正直に言えば、見てる方が苦しい。
(あたしの、せいだよね)
エイミィは、激しく悔いていた。
あの時、何故もっと早く異変に気付かなかったのか。
一分一秒を争うのが転移痕の解析だ。あの一時間さえ無ければ、事件は解決していたかもしれない。
それなのに。
(やだな……あたしらしくないや)
最悪の想像が浮かんで、力無く首を振った時。

また微かに、音が聞こえた。

(気のせい――じゃない!)
背筋を走る緊張感に、彼女は意識を覚醒させた。
今、この家にいるのは自分一人だ。子供たちは、使い魔が知人の家に連れて行っている。
唾を飲み込んだ。
もし、リンディを連れ去った者がもう一度来たのだとしたら?
(そんなはずないよね。あたしなんか攫ったって意味無いし)
そろそろと歩を進める。
よく考えれば、彼女自身も通信部門の要職に就く身である。
狙われてもおかしくないが、この時の彼女はそこまで頭が回らなかった。
義母を攫った相手を、一目でいいから確認したい。
その一心だったのだろう。
彼女は、慎重に音が聞こえた場所――台所を覗き込んで。

大きく目を見開いた後、悲鳴を上げて立ち竦んだ。



走り去るエイミィを見送って、リンディは苦笑した。
(ちょっと残念かな)
抱きついてくれるかと思ったのだが。
隣室の通信機に叫んでいる声を聞きながら、彼女は手にしていたフライパンを眺めた。
共に異世界を旅した、唯一の『相棒』。
いつもの場所に置こうとしたら、そこは計測機器で埋まっていた。
積もっていた埃の量に、旅の長さを実感する。

――と、周囲が一気に騒がしくなった。

次々と空間モニターが開き、懐かしい顔が並ぶ。
近隣に転移魔法の反応も感じるから、幾人かは直接こちらに向かっているらしい。
(迷惑かけて、ごめんなさいね)
唯一、直接こちらを見つめている娘の――やつれ果てた泣き顔を見て、胸が痛む。
他にも、泣きながら呼び掛けてくる人々。

やがて、代表するように息子が口を開いた。
問い掛けられたのは、今までいた場所と不在の原因。

聞かれて当然の内容に、何故かリンディは口籠もった。
実に彼女らしくないのだが、
(そう言えば、言い訳を考えてなかったなあ)
あまり経験の無いことである。
不思議と、いつものような『気遣い』が頭に浮かばない。
仕方ないので、本当の事を口にする。

「実は、新しく出来た孫に会っていたの」
そう爽やかな声が告げた後は、恐ろしいほどの沈黙がその場を包んで。

次の瞬間。複数の怒声と驚愕が、轟音となって響き渡った。


      ◆   ◆   ◆


ドームの中に入ると、そこには静寂のみが漂っていた。

シエスタは、中央の台座に歩み寄る。
手に取ったのは、そこに残されていたクリスタルの破片。――リンディのブローチ。
中の石が無くなったせいか、真っ二つに割れている。
彼女はその片方をハンカチに包むと、ルイズに向けて静かに差し出した。

ルイズも同様に黙って受け取ると、胸のポケットに無造作に仕舞い込む。

「そう言えばさ」
残った欠片を、大事そうに布に包むシエスタを眺めながら、自分の背中に声を掛けた。
「あんたは、最後に何を話したの?」
「恨み言だよ。元相棒が約束を守らなかったもんで」
「約束って、次の使い手を見付けるって話?」
「そ。まあ、お前さんの目付役も悪くはないって思ってんだけどな」
危なっかしいし、と続けたデルフを、ルイズは軽く睨み付ける。
「……待ってなさいよ。いつか、あんたが満足いくような使い手を見付けて、安値で売り付けてやるからね」
「期待してるぜ」
飄々と答えるデルフ。



「ルイズ様は凄いですね。わたしなんて、泣くのを必死に我慢してたのに」
堂々と先を歩くルイズに、シエスタは感心する。
行き先は彼女の家だ。
半壊した建物は既に修復され、家族が食事の用意をして待っている。
「きっと、今日の夜も、泣いちゃうんだろうなあ」
寂しそうに俯くシエスタに、
「わたしだって泣くわよ」
あっさりした声が答えた。

「え?」
「夜になったら、多分さっきの事を思い出して泣くだろうし、学院に戻ったらまた泣いちゃうでしょうね」
ルイズは苦笑した。
黎明の中、共に飛んだ道行きや、遙か上空から見下ろしたアルビオン。
帰りの荷馬車や――あの夜のこと。
泣いたり、怒ったり。思い出なんて幾らでも有る。

「寂しいのは当たり前じゃない。泣いたっていいと思う」
「ルイズ様……」
「遊びに来てたおばあさまは、故郷に帰っちゃった。もう一度会えるかどうか分からないけど」
「――きっと、元気にしてる」
「そういう事」
泣きながら、ルイズは楽しそうに笑った。

「今夜は、ゆっくり思い出話に浸ればいいのよ。シエスタしか知らない事も、一杯あるんでしょ?」
「はい。わたしも、ルイズ様しか知らない話が聞きたいです」
微笑みあった二人は、青い空を見上げる。
この空が、リンディの空と繋がっているかどうか分からない。

それでも――何となく、同じように見上げている気がしたのである。


      ◆   ◆   ◆


どうやら本気で怒ったらしい息子の怒声を聞き流しながら、彼女はエイミィを抱きしめた。
(少し、痩せたかな)
相当心配を掛けたのだろう。
泣きじゃくる彼女の肩を抱いて、居間に向かう。
数分後には転移してくる大勢の知人で埋め尽くされるのだから、いつまでも台所にいるわけにはいかない。
審問だか糾弾だかが待っていそうだし。
思考の一部を言い訳の構築に回した彼女は、ふと、窓の外に目を向けた。

外は、生憎と大雨らしい。
(向こうは晴れてたんだけどな)
何気ない事なのに、距離を感じて少し寂しくなる。

あの世界に、再び行ける可能性はほとんど無い。
孫娘たちの行く末を見る機会は、おそらく永遠に訪れないだろう。
だけど。
リンディは、そっと胸元を押さえた。
あそこには、あの人の心も残っている。自分の代わりに見守ってくれると信じている。

(それに、お互い元気でいるって決めたんだもの)
戦の前に言い放ったルイズの覇気を――帰還を促したシエスタの涙を思い出す。
あれほど強い意志を持った子供たちだ。余計な事を考える方が、失礼かもしれない。
(心配なんてしないから、頑張ってね)
雨雲を見上げたリンディは、自然に口元を綻ばせた。

その柔らかな微笑みは――思わずエイミィが見惚れてしまうほど、透き通ったものだった。










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夏色四片 第35話

2007/10/03 00:35
トリステイン城下町、ブルドンネ街は賑わいを見せている。
派手な戦勝パレードは既に終えたが、急激に増えた人口を狙って、多くの店が品物を並べているからだ。
増えたのは元アルビオン軍の捕虜である。
その大多数が、既にトリステイン軍に志願し、入隊を許された。
拒んだ者は数えるほどしかおらず、その少数は未だ牢の中だ。一定期間の強制労働を終えれば解き放たれる事になる。

混乱も無く多くの捕虜が帰順意志を示したのは、タルブの一件があまりにも衝撃だったからだ。
アルビオンに戻れたとしても、あの恐怖を思い出せば二度と従軍する気は起こらない。
更に、敵国の兵である彼らを、トリステインは随分と親切に扱った。
半分以上は同情心からであろうが、味方の被害が無かった事で、勝者としての心に余裕が生まれたと思われる。
無論、士官も同様である。

噂では、捕虜となった士官が集められた場に、一人の空賊が姿を現したそうだ。
何が起きたのかを一般に知る者はいない。
だが、結果として元王党派の者は全員が帰順、他の者もほとんどが従ったらしい。
経験豊かな士官と、無傷で鹵獲された数多くの船。新型砲の技術と大型艦の運用方法。
そして多くの竜騎兵たち。
現時点でのトリステインは、アルビオンに準じた空軍力を備えた事になる。

特に、巨艦レキシントン号は三度名前を変え、今度はトリステイン空軍の旗艦として名を轟かせる事になるだろう。
その名が冠するのは、新たに即位した女王アンリエッタの名である。



戦後処理の進む、ある夜のこと。

アンリエッタは違和感を感じて眼を開けた。
気持ち悪いほどの静寂が辺りを包んでおり、鈴を振っても誰一人として応えない。
不安に怯える彼女の耳に、扉をノックする音が響く。
誰何する声にも、応じる気配は無い。
もしかすると、何処かの暗殺者が迫ってきているのだろうか?

「誰です? こんな夜更けに。名乗れぬような無礼な輩に、用はありませんよ」
杖を握りしめたアンリエッタは、次の瞬間、待ち焦がれた声を聞いた。
「ぼくだよ」
「ウェールズさま!?」
彼女は、思わず杖を取り落とした。
扉に駆け寄ろうとして、何とか思い止まる。
「で、でしたら、何故名乗ってくださらないの?」
「名は捨てたからね。今ここにいるのは、少々訳有りの空賊ってことさ」
「そんな」
アンリエッタは絶句した。
だが、言葉の割には悲壮感など微塵も無い。むしろ以前より生き生きとしている感じがする。
「まあ、ただの空賊じゃ姫殿下の前には立てないからね。代わりに、今日は従妹に会いに来たんだ」
「え……」
戸惑う彼女に、彼は短い言葉を告げた。
かつてラグドリアン湖畔で、何度も聞いた合言葉。
「ウェールズさま!」
返事をする時間も惜しんで、彼女は急いで扉を開けた。
服装こそ変わっていたが、以前と変わらぬ凛々しい顔がそこにある。
「やあ」
「――――!」
照れくさそうに笑う顔を見た彼女は、感極まったのか泣き出していた。



「えっと、いつまで待ったらいいと思う?」
「こういうのってタイミングが難しいのよね。結界を張っておいて良かったわ」
扉の陰で二人の囁き声がしたが、

「少し待つ事にしましょうか。お邪魔しちゃ悪いですし」
「覗き見なんて、悪趣味だけどね」
と、待ち惚けを覚悟したようで。
――結局、泣きじゃくる王女を空賊が宥めるのは、かなりの時間を要したらしい。

その後、姿を現したリンディを見て、王女が卒倒したのは余談。


      ◆   ◆   ◆


「確かに、姫が即位する事で全て丸く収まりますが……先の戦は、少々事情が異なりませんか?」
「だからこそ、です。あの化け物が、我が軍まで手に掛けようとしていたという証言は、極めて多いですからな」
疑問を提示したウェールズに、マザリーニが説明を続けている。

部屋の中にいるのは、アンリエッタとウェールズ、リンディとルイズの四人と――マザリーニ枢機卿である。
一度結界を解かせた後、王女が呼び寄せたのだ。
ちなみに、アンリエッタは未だ青い顔のまま、ウェールズと寄り添うように座っている。
「でも、私が女王なんて……母様が即位なさるのが、筋ではありませんか」
「太后殿下は喪に服されておいでです。亡き陛下を、未だ偲んでいらっしゃるのです」
即位を願っても、固辞されるのが目に見えている。

現実問題として、アンリエッタの選択肢は限られる。
愛する者のいる彼女が、婚約解消――ゲルマニアに嫁ぐ事を辞めるには、公の理由が必要だ。
アルビオン侵攻軍をどんな形であれ討ち破り、しかも大幅に戦力を増強したトリステインは、内政の強化を迫られている。
国王のいない現状は、政治的にも軍務的にも問題が多い。
そして、最前線にて指揮を執ったアンリエッタが女王となる事は、内外から見ても説得力がある。
国を憂い、自ら率先して戦に出向く女傑。

問題は、タルブでの戦闘が、少々異常な状況で推移したという事だ。

「姫殿下の手柄は、あの化け物を宥め、恐ろしい災禍から国を守ったという事になります」
「確かに、それならば巫女としての伝え方も出来ますね。奉り上げるには良いかもしれません」
あの化け物の所行が、極めて残虐なものだったが故に、王女の功績がより一層評価される。
上手く世間に噂を広められれば、人気も上がるだろう。

「まあ、噂を広げるまでもありませんな。タルブ村での話は、兵士や捕虜たちが好き勝手に話しております」
「そうでしょうね。数十の竜騎兵、数千の兵士、そして艦隊を丸ごと沈めた先住種族」
「化け物以外の何者でもありませんな」
「そ、そうですね。私も、本当に怖かったです」
ちら、とアンリエッタは後ろを振り返ってから、申し訳なさそうに同意する。

「あ、あの、でも私に務まりますでしょうか? ゲルマニアの方も」
「大丈夫でしょう。今回の件では、彼らは援軍を出し渋りましたからな。それに、一国ではアルビオンに対抗出来ませぬ」
外交上の弱みを抱えた上に、今更軍事同盟を解消するわけにはいかない。
婚約解消は、あっさりと受け入れるだろう。
「心配はいらないよ。枢機卿も、いきなり全てを君に任せるとは言ってないんだ。ゆっくりと学べばいい」
「あまりゆっくりでは困りますがね」
二人の顔を交互に見たアンリエッタは、やがて大きく頷いた。

「分かりました。正直に言うと不安ですが、精一杯頑張ってみます」
「そうこなくては」
ウェールズは彼女の腕を取ると、手の甲に口付けた。そして、あの懐かしい笑みを浮かべる。

視線で語るのは、遙か先にある将来の夢。
アンリエッタも、黙って視線を返す。
いつか。
彼が王権を取り戻した時、トリステインとアルビオンは一つの国となる。
二人にとって、それはどれほど遠くても、追う事が出来る夢なのだ。

「それに、アルビオンの事なら当分心配はいらんでしょう」
軽く咳払いをしたマザリーニは、苦笑しながら言う。
「例の化け物の噂で、タルブ周辺には盗賊が出没しなくなったと聞いております。怒りを買う事が、それほど恐ろしいのでしょう」
敵味方全てに噂は伝わっている。
尾鰭の付いた話は凄まじく、その恐怖は国外にまで広まっているらしい。
好んであの地に侵略を試みる者など、数十年はいないのではないだろうか。
「住民の方たちは? 逃げ出したりはしていませんか?」
心配そうなアンリエッタに、彼は楽しげに答える。
「そうならないように別の噂も流しましてね。あれは豊饒を約し、土地の者全てに祝福を与えると」
「なるほど。外敵には恐ろしいが、内には加護を与える、と」
ウェールズは感心したように頷いた。
「あれほどの化け物ですからね。その噂の説得力は相当高そうですねえ」
「全くです」
豪快に笑う二人に、少し引き攣った小さな笑い声が続いて――



「あのー、そろそろ勘弁して欲しいかなーって……」
やたらと暗い声が上がる。

三人が振り向くと、どんよりとした空気を纏ったリンディが、小さく挙手をしていた。
傍らでは。
顔を真っ赤にしたルイズが、恥ずかしそうに耳を塞いでいる。

「空賊さんも、そんなに化け物化け物って言わなくてもいいじゃないですか」
「そうは言うがね」
彼は明後日の方に視線を向ける。
「戦場に辿り着いてみれば、死屍累々の凄惨な戦跡が広がっていたんでね。話を聞いて幻滅したものさ」
船乗りの風上にも置けない人物だったと、憤りを感じたらしい。
「まあ、すぐに誤解は解けたんだがね」
「でしたら」
「だけど、従妹殿を恐怖に陥れたのは事実だから。彼女は数日魘されたそうだよ」
「ついでに申せば、あの化け物は力を使い果たして眠りについているそうです。こんな所にいるはずはありませんな」

「…………」
容赦無しである。
怯えさせられた意趣返しでもあるまいが。

再び落ち込んだリンディが、ようやく本題に戻れたのは――夜が白み始めた頃だった。


      ◆   ◆   ◆


数週間後。
学院の自室で、ロングビルはグラスの用意をしていた。

「いつもより?」
「……そうね。ちょっとだけ濃くしてくれる?」
机に軽い肴を並べたリンディは、少し思案した後に答える。
学院に戻ってから、夜は二人で飲むのが日課になっていた。
――もっとも、今夜が最後になる。

「明日は行かないからね。湿っぽいのは苦手でさ」
ちん、と軽くグラスを合わせると、ロングビルは呟いた。
明日の早朝、リンディとルイズ、それにシエスタの三人は、タルブに出立する予定になっている。
「護衛の話、断っちゃったの?」
「ああ。それにさ、下手に何かあったら頑張らなきゃいけないだろ?」
「何かあるかなあ」
「今や要人だからね、あの子は」
ロングビルは苦笑した。

あの日、ルイズが虚無の魔法を使ったという事を知っているのは、王宮の三人とリンディ、デルフだけである。
それだけなら全員が口を噤めば良い話だが、タルブでの目撃証言も有り、完全に隠蔽する事は不可能だった。
あの現場に、何故彼女がいたのか。何故あの化け物と共にいたのか。
そもそも彼女は誰なのか。
有力貴族の令嬢を見知っている者は、それなりに存在する。彼女が魔法学院生である事が知れ渡るのは、時間の問題だった。
当然、その使い魔の存在も。
一度知られてしまえば、ルイズは内外の注目の的となってしまう。
どんな危険が襲うか分からない。対策は必要だった。
虚無の使い手であるルイズの力を隠蔽し、しかもリンディの存在に興味を持った者が手を出さないようにする方法。
幸い、魔法自体はリンディが行使したと思われている。

「守護者に身を捧げた巫女ね。言い得て妙だわ。それなら手を出したくはないわよね」
自分自身の死に直結するだけではなく、国に被害が及ぶかもしれないのだ。軽々に試せる事ではない。
「化け物としてはどうなの?」
「仕方ないわよ。だけど、ルイズさんは学院から出られなくなっちゃったかな」
城やヴァリエール家の屋敷ならともかく、気軽に外出するのは難しいだろう。
「当分は無理だろうけど、世間なんて暫くすりゃ忘れちまうって。ちょっと変装でもすれば問題無いだろ」
「そう願います」
どちらにせよ、護衛は必ず付くだろうが。

「あなたは、これからどうするの?」
暫く酒を酌み交わした後、リンディが尋ねる。
「わたしかい? ……そうだね。もう少し実入りがないと厳しいんだよね」
色々と物入りでさ、とロングビルは笑った。
「気が向いたら、あっちの仕事もやろうかね。お目付役はいなくなるし」
「お給料、どれくらい足りないの?」
「今の倍はあると楽だねえ」
「ふうん」
悪戯っぽい顔で無茶な事を言う彼女に、リンディは爽やかに微笑んだ。
「それなら大丈夫。来月からは四倍になるから」
「……はあ?」
脈絡の無い事を言われ、眉を顰める。
どこの世界に、一月で給料が四倍になる事務職があるというのだ。
「そんな昇給があるわけが」
「だって、あなたは」
リンディは遮るように指を立てると、
「――来月からここの先生だもの」
澄ました顔で、そう告げた。


ロングビルの功績を王宮に伝えたのは、もちろんリンディ自身である。
その結果、女王直々の指示が内密に学院長へ下された。
有能なメイジを一秘書にしておくのは勿体ない。教師に推挙すると同時に、ルイズの護衛を兼ねる事を命ずる、と。
学内の護衛候補は幾人か上がっているが、その内の一人としては申し分ない。


「って、わたしは聞いてないよっ!?」
「学院長さんが、驚かせようと思ったんじゃないかしら。……でも良かったわね。副業はしなくて済みそうでしょ?」
「その代わり、本業が倍以上になったじゃないか!」
「まあ大変ー。お仕事、頑張ってね」
あんたのせいだろ! ――と怒鳴っても無駄なので、ロングビルは肩を落とした。
口では勝てっこないし、口以外は考えるだけで背筋が寒くなる。

それに。
「一応、礼は言っとくよ。都合はいいし、真っ当な仕事で生きていく決心はつきそうだ」
「いきなり、どうしたの?」
突然の殊勝な態度に、リンディは戸惑った。
「実はさ、知り合いに先住種族の子がいるんだよ。事情があって隠れ住んでるんだけど、やっぱり心配でさ」
出来れば学院に呼ぼうと思ってる、とロングビルは語った。
「教師って立場なら庇う事も出来るだろうしね。それにここなら、先住種族ってだけじゃ驚かれないだろ?」
少なくとも、学院全員の前でリンディが見せたようなものでなければ、脅威とは感じないだろう。
あれが与えた畏怖は、今でも見た者の心に染み付いている。

「そっか。それなら安心」
リンディはグラスを置いた。
「色々あったけど、あなたに会えて良かったわ。――ありがとう」
「……こうして酒を酌み交わせるようになるなんて、今でも信じられないけどさ」
代わりを作りながら、ロングビルは笑う。
「後の事は心配しなさんな。あの子や周りの連中も、上手くやっていくからさ」
「そうね」
屈託のない微笑みが、二人の顔に浮かんで。
最後の乾杯が響いた後――囁き声は、夜更けまで続いていた。






翌朝。
朝靄の残る学院の正門に、幾つかの人影があった。
「じゃあ、わたしたちは先に行ってるわね。名残惜しいけど、いつかまた会えたらってことで」
「さようなら」
キュルケはあっさりと手を振り、逆にタバサは神妙な顔付きで頭を下げた。
二人を乗せた風竜は、一声鳴くと勢い良く飛び立っていく。

彼女たちは、ルイズの護衛として一足先にタルブへ向かったのである。
他国の学生に任せるのは問題だが、ルイズ自身の指名だから仕方がない。大勢だと逆に目立つという事もある。
念の為、後からコルベールも向かう予定になっていた。
「リンディの瞬間移動で、みんな同時に行ければいいのにね」
「ごめんなさい。ここの環境だと少し不安で」
実際の所は――妖しげな転移魔法で跳ばされる事を、タバサの使い魔が激しく嫌がった結果なのだが。
「別に責めてないわよ」
申し訳なさそうなリンディに、ルイズはぱたぱたと手を振った。
「タバサの使い魔は大きいしね。あの二人に作った借りは、わたしが倍にして返すから気にしないで」
「あの、その言い方では、もっと気になりますよ?」
シエスタが苦笑する。


「お世話になりました」
「うむ」
深々と頭を下げたリンディに、オスマンを鷹揚に頷いた。
「帰った後の事は、何の心配もいらんぞ。ここに『トリステイン魔法学院』が存在する限りな」
「そうですね。――宜しくお願いします」
もう一度頭を下げようとした彼女は、思い付いたように指を立てた。
「なんじゃ?」
「白です。ここにいた間は、ずっと白でした」
それだけ言うと、軽い会釈を残して去っていく。
正門前では、待ちくたびれたルイズが急かしていたから。


「サービスいいのお」
転移魔法の光が輝く前で、オスマンは感慨深げに髭を撫でた。
「実に惜しいが、仕方あるまいて。ここにいても碌な事にならん」
ああいった存在は、相応しい場所に帰るべきだろう。
「でかい置き土産も残していったしの。さあて、これからどうしたものか」
彼は、正門より学院を見渡した。

白く染まった建物は、そこに眠る数多くの生徒たちと共に――主人の帰還を待ち侘びている。










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夏色四片 第34話

2007/10/03 00:34
竜騎士隊全滅の報を受け、アルビオン艦隊は動き出した。
旗艦レキシントンは、風を得る為にその大きな帆を広げている。
巨艦故に、加速は鈍い。
だが、一度動き出してしまえば、止められる船は存在しないであろう。

艦橋で指揮を執るのは、ボーウッドという謹厳実直な男である。
彼は、事態に動揺して余計な事を喚いていた総司令官の代わりに、全艦隊の指揮も引き継いでいた。

ちなみに、総司令官は『何故か』昏倒している。

騒々しい声は、戦場では単なる雑音だ。
杖をしまいながら、ボーウッドは顔を引き締めた。
先住種族一人に対するものとしては大袈裟だと思うが、何れにせよ地上部隊の上空支援は必要である。
何しろ、トリステインの竜騎兵は健在なのだから。
各砲手に伝達し、対空防御用の散弾に切り替えさせた。
彼我を鑑みるに、未だ戦力差は圧倒的ではあるが、状況はそれなりに緊迫している。
トリステイン艦隊が錨を上げた様子はない。
――とは言うものの。
艦隊戦の前に『あれ』を片付けておかねば、少々面倒な事になるかもしれない。



「次は、わたしがやるわ」
ルイズは始祖の祈祷書を広げた。書面に記された、虚無としては初歩の呪文。

眼下に見えるのは、数千の兵士たち。
こちらを指差して喚いている者も多いが、メイジや弓兵は既に迎撃態勢を整えている。
「待った」
呪文を唱え始めようとした彼女を、デルフが制した。
「でかいのを放てるのは一年に一度位だぜ。あいつらに使っちまったら、次はねえぞ」
「そ、そうなの?」
とすると、迫り来る艦隊に対しては使えなくなる。
「……よく分からないけど、ルイズさんの魔法って、凄く威力があるものなの?」
「おうよ。見たら驚くぜ」
生み出される結果を危惧したリンディに、デルフは自信満々で答えた。
「本当?」
「いやその、わたしも始めて使うから……じ、自信はあるんだけど!」
顔を赤らめたルイズが怒鳴る。

(始めてかあ……人に使うのは危険かも知れないわね。手加減が出来るとは思えないもの)
リンディは思案するように首を傾げた。
どれほどの威力かは知らないが、この世界の魔法を過小評価する気は無い。
事実、凄い事例を幾つか目にしているし。
風とかならともかく――炎が出るような場合は、凄惨な結果を招きかねない。

「では、下はわたしが何とかします。ルイズさんには、艦隊の方をお任せしますね」
「わかったわ」
「その方がいいだろ」
二人の同意を得ると、リンディは砲撃魔法の詠唱を開始する。
煌々と輝く魔法陣と、付随した魔力スフィアを維持。
広域空間攻撃も保有してはいるが、これだけ魔力濃度の高い場所だと、減衰率が計算出来ない。
効率も悪いし、何より中途半端に意識を残すと後々問題が生じる。
だから。

「参ります!」
光羽から膨大な魔力が注ぎ込まれ――夥しい数の砲撃が、地上軍目掛けて射出された。


      ◆   ◆   ◆


縦横に走った細い光条が、陣の外周を薙ぎ払う。
あれほどの早さで飛来する魔法を、人が避けれるはずもない。直撃した兵士が次々と倒れていく。
呻き声一つ残さないその様子から、全員即死かと思われた。
威力自体は恐るべきものだ。
が、不思議な事に、被害は人や馬、幻獣といった生物にしか及んでいない。

部隊を率いる将軍は、慌てずに迎撃指示を出した。
初撃で失ったのは数十人。大した被害ではないし、あんな魔法を連発出来るとも思えない。
先住種族とはいえ、たかが一人である。


次々と撃ち上がってくる魔法を、リンディは舞うように回避する。

軍勢が陣を張っている地勢を、再度確認。
広い草原。隠れる場所も無く、多少散開されても目が届く。
例え逃げられたとしても、追いかけるのはそう難しくないわけで。

「やっちまっていいだろ。時間も無いぜ」
考えを読んだデルフが忠告した。
追い風を捉えたアルビオン艦隊が、徐々に速度を速めている。
敵陣上空を飛行しているので砲撃は出来ないはずだが――逆に、撃たれた場合は地上の者が巻き添えとなる。
急いだ方が良さそうだ。

「ここなら逃げれっこないんだ。景気良くいっちまえ」
「了解!」
リンディは頷くと、敵陣最後方で動きを止めた。
戸惑ったような気配の後、凄まじい攻撃が雨のように降り注ぐ。
炎の魔法、水と風を合わせた魔法。攻城用の巨大なゴーレムが投げる岩塊。
ライン、トライアングルを問わず高度な呪文が次々と炸裂し、ルイズが首を竦めている。
それらは全て、リンディの防御魔法が防いでいるが――
「だ、大丈夫なの!?」
その迫力のある光景を前に、恐怖を誤魔化そうとする怒鳴り声。
無理もないが、それに応じている余裕は無い。

大型の魔法陣を展開し、敵陣右翼を視界に捉える。

砲撃。
その巨大な光の帯は、数百人の兵士を纏めて吹き飛ばした。



状況は、旗艦レキシントンからも見えていた。
興奮した哨戒兵が事態を告げる。
先程の先住種族が、地上軍を虐殺しているらしい。凄まじい光を放ち、一度に百人以上もの兵を屠っている。
それだけではない。
逃げようとする者すら、容赦なく焼き払っている。まるで殺戮を楽しむかのように。
どれだけの兵が生き残れるものだろうか。

ボーウッドは眉を顰めた。
アルビオン地上部隊は既に潰走状態である。このまま作戦を続ける意味は薄い。
だが、だからと言って兵を見捨てるわけにはいかない。
救出して撤退するとしても、あれとトリステイン空軍をどうにかしなければならないのだ。
敗戦の苦い予感を噛み締めながら、彼は各艦へ指示を伝える。

とにかく、あの化け物を何とかする。
それが出来ないようなら、アルビオン軍は二度とこの地に近寄れまい。



「左翼、逃げるぜ」
「はい」
返事をした直後には、走り始めた部隊長の前に回り込んでいた。
それなりに身分の高い貴族なのだろう。立派な身なりで、家紋の意匠も凝っている。
馬上で顔を引き攣らせたその男は、恐る恐る手を挙げて降参を示した。
リンディはにっこりと微笑み返すと――

「ちょ、ちょっとぉ!?」
男の部隊を丸ごと砲撃で吹き飛ばしたのを見て、ルイズが悲鳴を上げる。
「こ、降参って言ってたわよ、降参って!」
「そうかしら?」
砲撃からかろうじて逃げた兵に、誘導弾の雨が降り注ぐ。
一兵たりと逃げられそうにない――その恐怖に、地上は阿鼻叫喚で埋め尽くされた。

「大体、逃げちゃう奴まで追いかける必要があるの!?」
「あの人たちはどこに逃げるの?」
「それは……」
ルイズは口籠もった。
そう言えばそうだ。彼等の母国は雲の上である。
「下手に逃げると追撃戦を招くしな。そうなった方が犠牲も多いんだぜ?」
「勝ってる方は、何をするか分からないのよね。戦場では自制が効かなくなるから」
デルフの解説に、リンディが言い添える。
「例え逃げ切れたとしても、帰る方法の無い敗残兵は、野盗とかになる事が多いの」
そうなると、この周辺の村々にも被害が及ぶ。
彼等自身の為にも、ここは意識を無くして囚われた方が良いはず。

「そう、だとは思うけど」
ルイズは納得しがたい面持ちで見下ろした。
怯えた兵士と目が合う。
彼は這い蹲り、倒れた兵士の陰に隠れようとしていた。失禁しているかもしれない。
真っ青な若い顔が、訴えるような表情を浮かべてこちらを拝んでいる。
死にたくない、そう叫んだような気もしたが。
次の瞬間には、横合いからの魔法で吹き飛ばされていった。

随分とまあ、隙の無い仕事である。

「完全に戦う気を無くしてるのも、いるみたいだけど……」
ついでに言えば、逃げる気も無さそう。
「いいんじゃねえの?」
デルフがのんびりと答える。
「哀れっぽく降参した捕虜が、虐待されるって話もよくあるからな。気絶してた方が逆に安心だろ」
「確かに、そうかも」
経験が少ないとはいえ、あの優しいアンリエッタ姫が率いているのだ。
ここまでされた相手に、後から何かをするとは考えにくい。
と言うよりも。
(同情したくなるわよね)
微妙な罪悪感を感じて、ルイズはこっそり呟いた。



「はい、おしまい」
探査魔法で確認した後、リンディは宣言した。
眼下には、気絶した人や獣が累々と横たわっている。動くものは一切無い。

まさに殲滅である。

もちろん死んだ者はいないし、負傷した者とて軽傷だ。全て逃げだそうとした際の怪我なのだから。
驚くべき事に、恐慌状態の中で踏み殺された者すらいなかった。
そこまでフォローしていたという事実に、デルフリンガーは戦慄する。
「いや、やっぱり相棒は化け物だね。つくづくそう思うわ」
「酷いわねえ」
リンディは苦笑した。
「さて、と。後は王女様に任せて、わたしたちは艦隊をなんとかしましょう」
「もしかして、姫殿下に会いに行くの!?」
港町に進路を向けた事に気付き、ルイズは悲鳴を上げた。
冗談ではない。
事情の分からないトリステイン軍から見て、自分たちがどう映ったのか――容易に想像出来る。
竜騎兵を先に大勢送ってあるから、死んでないとは分かっているだろうが。
それでも、虐殺者として見られている可能性は高い。

「会わないわよ。ちょっと念押しに行くだけだから」
「念押しって」
(姫殿下が、わたしに気付かないはずないのに!)
そう心の中で叫ぶが、多分言うだけ無駄だし、制止も無理っぽい。

結局、ルイズは諦めて口を噤んだ。


      ◆   ◆   ◆


港町、ラ・ロシェールは静まりかえっていた。

最初の方こそ、次々と送り込まれる竜騎兵を捕虜にして盛り上がっていたのだが。
――それが数十に及ぶにつれて、兵士たちの口数は少なくなっていった。
得体の知れない力に、潜在的な恐怖が呼び起こされたのである。

先住種族。様々な容姿が伝わっているが、あんな姿をした者は聞いた事がない。
御伽噺に伝わる妖精に似ている気はする。
しかし、先程の先住種族は、そんな可愛い存在ではないだろう。
あれは虐殺者だ。
逃げ惑うアルビオン軍の様子を見た者は、ほぼ全てが武器を捨てた。
次が自分ではないと、誰も保障してくれないのだから。
そして。

呼吸音すら聞こえぬほどの静寂が、周囲を覆っていた。
あの化け物を刺激するような行動は死に直結すると、誰もが理解していたと思われる。

「殿下……あれは本当に、ラ・ヴァリエール公の娘ですか?」
「そのはず……なんですけど」
アンリエッタは震える声で呟いた。

彼女の遙か上空に、あの女性が佇んでいる。

思わず唾を飲み込んだ。
女性の左腕に、見覚えのある少女が抱えられている。どうやら、胸に縋り付いているらしい。
自分に顔を見せたくない――とは見えず、必死に使い魔を押し止めているかの様に見えた。
押し止める――何を?
彼女は、冷たい恐怖に身を竦ませる。
もしかしたら、自分たちも敵と同じような目に遭うのかもしれない。

(ルイズ……お願い、助けて)
震えながら、アンリエッタは必死に願い続けていた。
幼馴染みが、己の使い魔を説得してくれる事を。



痛いほどの沈黙が続く中、上空の化け物が剣を振り上げる。
陽光に輝く、鋭い切っ先。
複数の兵士から押し殺したような悲鳴が上がるが、周囲の者に取り押さえられた。
この状況下では、恐慌に陥ること自体が恐怖なのだ。
畏怖に満ちた数多くの視線が、ただ一人の挙措を追う。
やがて。
その剣は、全滅したアルビオン軍の方を指し示した。

「捕らえよ、という事か?」
呟いたマザリーニは、使い魔の頷く様子に気付いた。どうやら地獄耳でもあるらしい。
どちらにせよ、選択の余地は無い。
「許可が下りたぞ! 我らはこれより、この地を汚した者共を捕らえに行く! 急げ!」
声を張り上げると、金縛りが解けたかのように全員が動き始める。
装備を整え、捕縛の為の準備を黙々と進めていく。無駄口を叩く者など、一人たりと存在しない。
それらは全て、粛々と行われた。

兵士たちの顔に浮かぶのは、勝利の興奮ではない。
化け物の怒りに触れてしまった、哀れな同胞に対する同情である。

(これが目的だったのだろうか? 確かにこれなら、敵を憎む気持ちすら湧かないが)
マザリーニは、傍らを進む馬上のアンリエッタを見上げた。
真っ青な顔が、助かったという安堵を浮かべている。
(戦後処理が楽かもしれんな)
敵味方がこの有様である。自然災害の後と似たようなものだ。

あの使い魔が再び飛び去った後。
彼は、トリステイン空軍に伝令を飛ばした。
絶対に動くな、と。
巻き添えになっては無意味である。お零れを狙う位しかする事がない。
(それにしても、アルビオン艦隊がどこまで戦えるか見物だな)
まさか全滅はすまいが、少なくとも、この戦はこちらの勝利に終わるだろうと確信する。
どんな戦力を整えようと、ああいった存在が介入してきた場合は、為す術がない。

自分たちは、所詮人間なのだ。


      ◆   ◆   ◆


リンディは、巨艦の上空で艦隊を視界に収めていた。
無数の散弾が防御魔法を叩いている。まさに雨の如くだが、単純な物理打撃としては少々力不足だ。
細かく位置を変えながら、砲弾の直撃を避ける。
散弾はともかく、大質量の砲弾は油断出来ない。何事にも予想外はあるからだ。
それでも。
彼女の防御を突破出来る存在がいるとは思えない。

その少女が、共にいる限りは。

胸元からは、ルイズの詠み上げる呪文が流れている。
低く、されど流麗な響き。
自信に満ちた少女の顔を、リンディは感慨深く眺めた。
世界こそ違うが、新たな魔法を得た魔導師は皆同じだ。出来る事が増えた自分に、誇りと戸惑いを感じている。
(それにしても、虚無の系統かあ)
授業で聞いた伝説の系統。――興味は尽きない。
これから成長する姿を、見続けたい欲求に駆られてしまう。

しかし、それは許されないだろう。
親離れが子供の義務なら、子離れも親の義務のはずだ。
一抹の寂しさを感じながら、彼女は自分に言い聞かせていた。


長い詠唱を終えると共に、ルイズは呪文の威力を理解する。
視界に映る全て。
数多くの船が見える。舷側に並んだ砲に、船を支える風石。乗り込んだ多くの人々。
自分が放つ魔法は、それら全てに手が届くのだ。
呪文の名は『エクスプロージョン』――爆発。
生み出されるのは一切の破壊。
アルビオン艦隊は、空の藻屑となって消え失せる事になる。
だが。
何一つ迷うことなく、彼女は選択した。
己の使い魔が見せたのは、非情とも思える慈愛。
主人である自分が、その意を汲んでやれなくては意味が無い。

静かに杖を振り下ろす。

宙の一点より、巨大な光球が出現した。
太陽と見紛うような輝きを放つそれは、急速に膨れ上がる。
眼下の巨艦を、僚艦を――いや、空域に散らばった全ての船を飲み込んだ。
熱も音も感じられない。
幻想のように現実感に欠ける、純粋で膨大な光。

それはトリステイン軍はもちろん、遠方の村からも視認出来た。
遙か離れた場所に避難していたシエスタの家族や、港町に向かって馬を駆っていた空賊にも。

時間にして、ほんの数瞬だったのだろう。
光が収まった時。
アルビオン艦隊は、何事もなかったように姿を現した。
無傷――かと思われた直後、全ての船が高度を下げていく。
浮力を維持する為の風石が、ほとんど消滅していたのである。残ったのは、軟着陸する為の僅かな量。
滑り落ちるように、船は完全に無傷のまま着底する。
人にも物にも、一切の被害は生じていない。有り得ない状況である。
それでも敢えて言うなら。
この不可解な魔法は、乗り込んでいた者の戦意を、完全に消し飛ばしてしまったと言えた。



アルビオン艦隊に属する大小全ての船が、大地に横たわっている。
動揺した乗組員が、甲板で右往左往している様子も見えた。
それも当然だ。
何が起きたかを理解出来る者が、この場に幾人存在するというのだろう。

全ての力を使い切ったのか、ルイズは笑みを浮かべて眠っている。

「広域……殲滅魔法」
リンディは呆然と呟いた。
自分とは比べ物にならない程の、強大な力。
高ランク魔導師どころの話ではない。知人の広域空間攻撃すら、上回っているのではないか。
もちろん詳しい事は分からない。
だが、それでも彼女の経験は、今の現象を本質的に理解する。
腕の中で眠る少女が唱えた魔法は、船の風石のみを消滅させた。
それしか出来なかったのではない。敢えて、行わなかったのだ。
おそらく、あの光の範囲にいた者全てに干渉する力を、ルイズという少女は所持している。
干渉――つまり、全てを焼き払う力。

(虚無って、一体何なのかしら)
管理局高官としての自分が、警告を発している。
本来ならば、これだけの力を保有する人間を放置する訳にはいかない。
都市一つを完全破壊出来る存在なのだ。
正式な認可を得るまでは、監視下に置くのが理想である。
――とは言うものの。
(ここは、管理外世界ですらないものね)
リンディは苦笑した。
今の自分は単なる使い魔であり、この少女は御主人様だ。
それも、誇り高く生きる貴族。

「ルイズさんみたいな子なら、力に振り回されるって事は無いでしょうね」
「そいつは分からねえ」
と、デルフはあっさり否定したが、
「それでもまあ、相棒に怒られるような使い方はしないだろうよ。これから先も、一生な」
保証はしねえけど、と締め括る。
「そうね」
頷くと、彼女はルイズの顔を覗き込んだ。
己の果たした結果を見ることなく――それでも誇るべき結果を知る、穏やかな寝顔。
為すべき事を為した者の笑顔が、そこにある。

リンディは満足そうに微笑んだ。
心配する必要はない。
彼女は真っ直ぐに生き、足らぬ事があれば、前を見て全力で努力するだろう。
それでも不足があれば、遠慮無く友人に頼るはずだ。
自分に出来る事、出来ない事を認識し、一歩一歩確実に歩んで障害を乗り越えていく。

幸い、自分より年長の助言者もいる。

「後は、あなたにお任せするとしますか」
「ま、仕方ねえやな。剣としては不本意だけど」
彼は諦めたように了承した。
実際、今度の『虚無』はそれなりに面白い。この相棒が去ったとしても、退屈する事は無いだろう。

「ついでと言っちゃあなんだが、仕事、終わってねえよな?」
「はい?」
軽い口調のデルフに、リンディは小首を傾げる。
「えっと……もしかして魔法学院のこと?」
「そいつもそうだが、もうちっと近い話。――悪足掻きしてるヤツがいるみてえだぜ」
「あら」
見下ろせば、着底した船の一部が、陸上砲台として砲を撃ち始めている。
盲撃ちらしくトリステイン軍まで届いていないが、放置すると余計な反撃を招きそうだ。
「仕事は、最後までしっかりやろうぜ」
「了解しました」
悪戯っぽく笑うと、リンディは身を翻した。
急降下しながらもう一つ思い出す。あの空賊さんを王女様に引き合わせる仕事が、まだ残っている。

「そうね――この際だから、全部片付けて帰りましょうか」
心残りの無いように。

この素晴らしい世界に、堂々と別れを告げる為に。










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2007/10/03 00:12
夏色四片 第11話
世間には思惑という言葉がある。方向性を有した無数の意志。 好意に悪意、単純な思い込みから権謀術数等々、数え上げればキリがない。 ...続きを見る

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2007/10/03 00:11
夏色四片 第10話
最近、学院長オスマンの生傷が増えたという噂が広まっているそうである。 本当かどうかは不明。なにせ本人から聞いたのだから。 「んな、わけ無いっての」 ロングビルは大量の書類をまとめながら舌打ちした。 ...続きを見る

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2007/10/03 00:10
夏色四片 第09話
『土くれ』のフーケにとって最大の不幸だったのは。 その日に限り、極めて有能で知られた総務統括官が『手際の良さ』を放棄していた事にあっただろう。 ...続きを見る

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2007/10/03 00:09
夏色四片 第08話
虚無の曜日。 昨日の件がどうしても気になって、キュルケがルイズの部屋を強引に訪ねた頃。 ...続きを見る

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2007/10/03 00:08
夏色四片 第07話
長引いた闘争を眼にする機会は多々あるが、こうも退屈なのはどうだろう。 見物人の呆れ顔には、真に同感。 第一、午後の授業を欠席させてしまったわけだが、果たして良かったのかどうか。 (とは言ったものの、当事者以外は数人程度か) 大鏡の前で、コルベールは顎を撫でながら呟いた。 ...続きを見る

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2007/10/03 00:07
夏色四片 第06話
「ば、場所はヴェストリの広場だ! ……と言うよりも、君は決闘の意味を本当に分かっているんだろうね?」 「分かってますよ」 「ほ、本当に本当だろうね?」 「当たり前じゃないですか。平民でも、言葉の意味くらいは知ってますよ?」 こくん、と首を傾げる仕草は微笑ましい。 だが、言ってる事は的外れもいいところである。 「そういう意味じゃないだろう!」 「わあ、凄い迫力ですね」 半ばヤケクソ気味に怒鳴るギーシュに、緊迫感の欠片も無い声が賞賛を送った。 気の抜けきった声が、とにかく脱力感を誘... ...続きを見る

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2007/10/03 00:06
夏色四片 第05話
「……ダイエットにはちょうどいいかしらねー」 ...続きを見る

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2007/10/03 00:05
夏色四片 第04話
大きく息を吸う。 胸を張り、腕をゆっくりと上へ。そのまま横に下ろしてから前に。 その際、ゆっくりと息を吐き出すよう心掛ける。 (……これなら充分かな?) 多少熱っぽいが、それは代謝機能が健全な証拠。 一部断裂していた各所の神経や筋組織も、ほぼ繋がったようだ。五感にも憂慮すべき点は無い。 敢えて上げるとすれば、肩廻りに残る若干の違和感ぐらい。 まあ、それも気にする必要は無さそうだ。身体の痛みも、どうやら無視出来るレベルに落ち着いたと思う。 「うん。大丈夫」 やがて、リンディは満足... ...続きを見る

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2007/10/03 00:04
夏色四片 第03話
白い光。 軽い浮遊感が生み出す、外界への柔らかな誘い。 ...続きを見る

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2007/10/03 00:03
夏色四片 第02話
「……ルイズよ。ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール!」 ...続きを見る

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2007/10/03 00:02
夏色四片 第01話
その日。 帰宅中の彼の前に、不思議な『鏡』が現れる事はなかった。 ...続きを見る

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2007/10/03 00:01

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