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FIXATIVE

2015/01/01 09:00
はじめに

第01話  第02話  第03話  第04話  








<はやて×ブレード×夜の燈火と日向のにおい>
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FIXATIVE 第04話

2008/07/01 21:51
翌日の昼。
染谷ゆかりは、足早に渡り廊下を歩いていた。
目的地は高等部の寮。

美術部の先輩から、部長の槙が授業を休んでいると聞いたのである。

確かに、昨日は普段より疲れていたらしいが、そこまで体調を崩しているようにも見えなかった。
まあ、いつも余裕――と言うより、のんびりしてる風に見えるから、実は結構無理していたのかもしれない。
(まさか熱があったとか、そういう事なの?)
だとしたら。
気付かなかった自分は、間抜けもいいところだ。



寮のエントランスに着くと、当然ながら閑散とした空気が漂っていた。
昼時の今は、ほとんどの者が食堂に集まっている。
食後も、すぐに教室に戻る者は少ない。
併設のカフェは常に盛況で、剣待生・一般学生を問わず憩いの場として人気があった。
(そう言えば、食事はしたのかしら)
手ぶらだという事を、不意に意識する。
(……先輩のことだから)
多分、してない。
何かしら差し入れを用意すべきだったかも。
風邪だとしたら、消化が良く栄養価の高い物を取るべきなのだが――どうせ、手配も誰かに頼ることも忘れているはず。
何でもそつなくこなすのに、うっかりな所があるから。

「様子を見て、希望を聞いてみようかな」

今から食堂で手配しても間に合うかどうか。
場合によっては午後の授業を休んで、家庭科室を借りてもいいかもしれない。
ただ。
過労で体調を崩してるのだったら、睡眠こそが最高の良薬である。
(眠ってたら、放課後にした方がいいわね)

――――などと考えながら。
いつの間にか目的の部屋に到着していたことに気付き、ゆかりは微かに苦笑した。
これでは、先輩の事を心配出来ない。




(他に誰かいる?)
扉をノックしようとした彼女は、眉を顰めた。
部屋の中から話し声が聞こえる。自分のよく知る声が誰かと会話しているらしい。
ただ、余程小さい声で喋っているのか相手は不明。
(お見舞いに来た人かな)
同じ部員の可能性もあった。人望のある人だから、後輩の相談事にも良く付き合っている。

どちらにせよ、起きている事は間違いない。
数回ノックすると、話し声はぴたりと止んだ。
「はい?」
「私です」
「……ゆかり? どうぞ」
口調の中に躊躇いに似た響きを感じて、彼女は戸惑った。
「いいんですか? どなたか、いらっしゃるみたいですけど」
「だ、誰もいないわよ」
「はあ」
取り繕う様な台詞も、明らかに不自然。
しかし――このままここに立っていても埒が明かない。
少しばかり迷った後。
「では、失礼します」
と、遠慮がちに扉を開けた。

「……どうしたんですか、先輩?」
目に入ったのは、ベッドの端に寝間着で腰掛けている槙の姿だった。
少し驚きを含んだ困ったような笑顔が、こちらを見上げている。
見た目には健康そうだ。よく眠れたのか、昨日感じられた疲労感は綺麗に消え去っていた。
もちろん、小康状態なだけの可能性もあるから油断はできないが。
それよりも。
「確かに、話し声が聞こえた気がしたんですけど」
携帯は部屋の端の机上にあるから、電話をしていたわけでもなさそうだ。
「えっと、その、ね」
槙の視線が、ゆかりから白々しく逸れた。
それが何もない壁に向かっているのを見て、彼女は溜息を吐く。幾ら何でも、ごまかし方が下手すぎる。
何を隠したいのかは知らないが、自分だってそこまで野暮じゃない。
「追求はしませんけど、独り言はくせになりますよ」
「そ、そう? それじゃ気を付けないと」
もじもじと指を組み合わせる様子は、いつもよりも幼く見えた。
全く。
(たまに子供っぽいんだから)



妙に慌てる自分の素振りに、腹を立てたのだろうか。
「――先輩」
「はい!」
目を細めた彼女の視線を受けて、槙はぴんと姿勢を正した。
「体調を崩していると伺いましたが、思ってたより元気そうで何よりです」
「ありがと」
「何か必要な物はありますか? それと、副部長に言付けがあるなら伝えます」
「うーん……特には無いわね。二日もお休みして、ごめんなさいってくらいかな」
「分かりました」
あっさり頷くと、彼女はドアに手を掛け――見慣れぬ物に気付いて動きを止めた。

「それは?」
「え? ――ああ、これ?」
机の上に置きっぱなしだった紙袋から、昨日買った物が覗いていた。
「先輩、メディウムって使いませんよね?」
「そうね。でも、せっかく買ったんだから使ってみようかなって」
「見せて貰ってもいいですか?」
「あ、はい」
一つ手に取ったゆかりが、ラベルに書かれた説明に読み耽る。

――眉一つ動かさずに。

その沈黙が怖くて、槙は精一杯の笑顔を浮かべてみせた。
「ほ、ほら。私も最近、煮詰まっちゃってるから。たまには新しい物に挑戦してみるのも」
チャレンジ精神って言うじゃない、などとぎこちなく主張してみたのだが、
「ラメ入りを、何に活用するんですか?」
「う」
自分などよりも遙かに爽やかな、満面の笑顔の前ではどうにもならない。
「えっと……よ、夜空を描く時とか、パーティードレスを描く時とか」
「苦しいですね」
「あう」
こちらの意見をばっさり断ち切ると、彼女は紙袋から書籍類を取り出した。
「確かに、上手く使える人はいるんでしょうけど」
中の画材を一つ一つ確かめ――少しだけ悩んだ後、定着液だけを取り出して袋を閉じた。
そしてそれを胸元に抱える。

「あの、ゆかり?」
「先輩の絵には、これっぽっちも合いませんね」
彼女は、にっこりと微笑んだ。
知らない人が見たら誰でも惚れてしまいそうな、魅力的な笑顔なのだが。
槙は引き攣った笑いしか返せない。
「どうせ、強引に売り付けられたんですよね。だからって無理に使おうとするなんて、本末転倒にも程があります」
「でも、勿体ないもの。ね?」
「ね? じゃありません。不許可です。これは私がお預かりしておきますね」
「…………はい」
しょぼん、と肩を落として項垂れた槙に、ゆかりは背を向けた。
「それに」
ノブに手を掛けながら、最後に一つ付け加える。
「――私は、いつも通りの先輩の絵が好きですから」
「あ……」

何かを言おうとして口を開いたが、既に遅く。
扉は、目の前で静かに閉じた。





「いい後輩だね、槙ちゃん」
先程から、ずっと机の上に座っていた相手から優しい声が上がる。
「怒ってたけど、本気で心配してるように見えたもん」
言われるまでもなく分かってる事だから、槙はただ黙って頷いた。
心配してくれるのは、本当に嬉しい。
昨日は色々あって、体調が悪いのは事実である。いつもだったら気鬱になりそうなものだけど。
ゆかりと、もう一人のおかげで助かっている。
(色々、ね)
こう言ってはなんだが。
昼間だと余計な事を考えないで済むのはありがたい。
そういった雰囲気も全く無いし。

「それにしても」
意外そうに首を傾げる彼女。
「ゆかりちゃんかあ。アパートに住んでる人と同じ名前だね」
「そう」
槙は微妙な苦笑いを浮かべると、もそもそとベッドに潜り込んだ。
「槙ちゃん?」
「もう少し横になります。風邪を引きかけてるのは本当だもの」
「そっか」
「だから――――」
ちら、と視線を向けて。

「昨日みたいに、と、取り憑いたりしないでね?」

「しないってば」
にへっと笑った彼女――彩子は長い髪を掻き上げて、光溢れる窓の外に目を向けた。


      ◆   ◆   ◆


昨晩の事は、悪い夢だったのか。
それとも――単に自分が現実逃避してるだけなのか?
まあ結論としては、現実から目を背けているだけとは思う。
が、その辺りは今一つ実感が無い。

槙が目覚めたのは、一時間ほど前の事である。





「じゃ、あたしゃ帰るよ。午後から本業だとか言ってたからさ」
「意外と忙しいもんじゃの、拝み屋稼業は」
「縁が電話番やってるからね。客受けがいいんだよ」

(縁――ゆかり?)
意識の一部が起きたものの、頭が回るまではまだ時間が掛かる。
窓の方から聞こえる話し声も、それがどんな意味を持つのか――考える事すら難しい。

「わしも帰るとするかの」
「あれ? 源さんも帰っちゃうんだ」
「女の子の部屋に長居するのは、少々まずかろ」
「そだね。槙ちゃんもびっくりするだろうし」

槙ちゃん?
(え?)
それは自分の名前だったりしない?
殴られた様な衝撃に、完全に意識が覚めた。
反射的に眼を開けそうになったが、それは何とかぎりぎりで堪えた。開けられる訳がない。

いつの間にかベッドに寝ている。
昨晩の記憶が嘘でないとすると、どう考えてもおかしいのだが。
今は何時だろうか。
肌に感じる陽差しがきつい。とすると、寝坊どころか昼前。
つまりは午前の授業をすっぽかした事に?
(テスト前なのに……)
何故か、ルームメイトは起こしてくれなかったらしい。
それは些細な事かもしれない。
しかし、掛け布団の中の震える手を必死に抑え付けている彼女にとっては――極めて重大事である。

「ボクはもうちょっと残ろうかな。帰りは、来た道を戻ればいいんだよね?」
「そうさな。寄り道はせんようにな」
「しないよー。結構気持ち悪かったから」
「確かにの」

そう言うと、もう一つの気配も去っていく。
先程の三人が一人に――それも女の子のみが残ったようだ。

静かに息を吸った。
ベッドの位置から考えて、全力で逃げ出せば何とかなるかもしれない。
例え幻聴だったとしても、誰かに会えば落ち着けるかも。
(と、とにかく。どこに居るのかさえ分かれば)
身体の震えを精一杯我慢しながら、眼を薄く開けてみる。





部屋に降り注ぐ柔らかい陽差し。

それが、机の上に腰掛けた人影を照らしている。色合いは、空と同じ薄い青。水色と言うには些か明るめ。
夏服なのだろう。最近は見掛けない古風なセーラー服。
そして。
腰まである、長い――不思議な透明感のある髪が、陽の光で輝いている。

(これって)
見えたモノが信じられなくて、大きく眼を見開いた。

幽霊には違いない。
涼しげな服も、艶やかな髪も透き通っている。だけど、昼の光を含んだそれは、まるで映画で見た精霊のよう。
何よりも、窓の外を見詰める眼差しに目を奪われる。
「綺麗……」
槙は、思わず呟いていた。

穏やかな表情は、とても楽しそうに見えるのに。
感じられるのは――――複雑だけど、鮮やかな色合いの『何か』だったから。

その声に気付き、彼女はゆっくりと振り返る。
「おはよ。良く寝てたね」
そう言った遠慮がちな笑顔が、何故かとても優しく思えて。




天地学園美術部部長、上条槙。
彼女の絵筆を執る『理由』が、また一つ増えたのかもしれない。










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FIXATIVE 第03話

2008/06/25 22:24
「うわひゃあっ!?」
「何なのよ、もう!」
間の抜けた叫びに続いて、気合いの入った怒声が響いた。


「キジっちゃん、邪魔しないでよっ!」
唐突な悲鳴を上げた刃友――雉宮乙葉を顧みる事なく、猿楽未知は横殴りの斬撃を紙一重で躱していた。
振り抜かれたと言っても、隙を見せてくれるほど相手も甘くない。瞬く間に切っ先が返される。
通常の間合いだったら、未知の技量では為す術が無い程の連撃。
だが。
彼女にこの距離まで踏み込まれた不運を、跳ね返すには至らない。

「よっ」
体を沈めると同時に、左足で円を描くように出足を払う。
剣はともかく、体術に於ける技量は逆だ。
「わ……!?」
たまらず体勢を崩した相手から悲鳴が上がる。
狙うは腰の後ろ。
払った足――前掃腿の勢いそのままに、半回転しながら体を跳ね上げた未知は、
「えいさぁっ!」
手刀を打つ要領で、剣を相手の星に叩き付けていた。




ほぼ同時に、背後でも星が落ちた証のブザーが鳴った。

「猿楽・雉宮組の勝利です!」
「よしっ!」
審判の旗が上がるのを確認して、彼女はぐっと拳を握る。
ト、トンと軽やかなバックステップで距離を置くと、悠々と剣を納めた。
やや癖のあるショートヘアが陽差しを反射して、活動的な性格を印象付ける。額の汗を拭う仕草も明るさが伴っていた。
(けどさ)
勝利の余韻を残した笑顔を、ふっと曇らせる。
(どうもしっくり来ないなー。もうちょっと短いといいんだけど)
自分の得意とする動きと、剣の長さが噛み合ってない。
習ってる事が応用出来ないのだ。
今のだって踏み込みをミスっていたら、負けていたのはこっちだったと思う。
(いっか。勝てたんだし)
まあ剣は規定で決められているから、文句を言っても始まらない。

それはさておき。
くるりと振り向き、口を尖らせる。
「あのね、キジっちゃん。星奪りの最中に邪魔するなんて酷くない?」
「べ、別に邪魔したつもりはないよ!」
メッシュの入った長い髪の奥から、ややきつめの眼差しが睨み返した。
口調に鋭角的な雰囲気が伴うと、長髪を考慮に入れてすら少年の様な印象。
剣の腕は水準以上でしかないが、彼女は屈指の言霊使いでもある。いざ事に臨めば――発する言葉は額面通りに収まらない。
もっとも。
いつも通りに声が震えてるから、怖さなんて微塵も無いが。

「また何か見えたんだ……」
「ああ見えたさ!」
じっとりとした視線に晒されて、乙葉は抗弁を試みる。


先程、剣を交えていた時の事だ。
(な…………!?)
精霊召喚の為に間合いを取った時、眼前の空間をいきなり複数の影が通り過ぎた。
自分よりやや歳が上くらいの女の子に、二十代半ばの革ジャンを着た女性。
そして、朝の連ドラに出て来そうな書生風の青年が、こちらの視線に気付いて目を合わせてきた瞬間。
(――――!)
踏み込んできた相手の剣を、必死で躱しながら。
乙葉は、自分でも情けなくなるような悲鳴を上げてしまったのである。

その悲鳴に驚いた相手の隙を突けたのは、儲け物だったけど。

(び、びっくりしただけさ)
今までも散々経験のある事だったが、今日は根本的に違う。あそこまで明快に存在を主張してる連中は初めてである。
怖いことは怖いが、本当に驚きの方が大きかったのだ。
(何だったんだアレ)

とにかく。
「見えたけどさ、そんな言い方する事はないでしょ。いくら未知にこの気持ちが分からないからって――」
「分かんないよ。見えないもん」
つん、と未知は顔を背けた。
「勝ったから良いけど、集中力無さすぎでしょ」
「それは……」
「だいたい、いっつもビビリでさ。全然進歩無いじゃん」
彼女の遠慮無い指摘が、ぐさりと突き刺さる。
「――ビ、ビビリって! キミね!」
「じゃ、あたしは先に帰るね。キジっちゃんもさっさと戻った方がいいよ」
未知はあっさり話を終わらせると、小走りで去っていく。
今から戻れば、まだ授業には間に合うはず。

剣待生とて、星奪りの時間以外は一般学生と同じだ。
開始の鐘はいつ鳴るか分からない。週に一度から数回のペースだから、運が悪いと同科目の授業を連続で逃してしまう。
テストも近いこの時期、それは出来る限り避けたい。



「ちょっと、未知――」
呼び止めようとした乙葉の声は、尻すぼみに小さくなる。
所在なげに手を彷徨わせた後、抜いたままの剣を――もたくたと鞘に納めた。何故か、ずしりと重い。
軽く唇を噛む。
(先に行くことはないじゃない)
同学年なんだから、校舎に戻るくらいは一緒でもいいのに。

深々と溜息を吐いた。

自分の力が未知に不評なのは分かっていたけど、もしかしたら負担になり始めてるのかもしれない。
ビビリと言われたのだって反論できない。昔から色々と見えたりしてるのに、未だに身体が竦むことが多いから。
(怖いんだから仕方ないじゃないか)
だけど、そんな自分を見て未知が不愉快になってるとしたら?
刃友として上手くやれてないのは事実としても、それ以上の迷惑は掛けたくない。
「もし、未知が私と組む事に嫌気が差してるんだったら……考えなきゃいけないな」

校舎に向かって歩き始めた時、三つ目の鐘が鳴った。
学園の各所では、今まさに激戦が繰り広げられているのだろう。鋭角的な戦意が伝わってくる。
それ以外に感じられる方は、少々困りものだが。
(変わった所だね、この学園ってさ)
やたら広いだけではなく、あちこちから澱みが感じられるのだ。
グレートスピリットに触れるには良い場所とも言えるが、『雑音』だらけなのは、ちょっと。
「さっきのみたいに、外部から入ってくる人達もいるみたいだからね」
呆れたように肩を竦めた。

どう見ても学生じゃなかったし、学園が出来る前からの住人でもなさそうだ。

「――と。そんな事より、急いだ方がいいか」
思考は足を鈍らせる。
余計な事を頭から追い出すと、乙葉は刃友の後を追う様に走り去っていった。


      ◆   ◆   ◆


三つ目の鐘が鳴った直後。


「!」
「どうしたの?」
星奪りの最中だというのに、ゆかりの意識が眼前から逸れた。ほぼ完全に視線を外している。
この状況では有り得ない。
(何故?)
いくら明確な技量差があるとしても、油断などする性格ではないはず。
何かを目で追っている様だが、自分まで振り向くわけにはいかなかった。
誰にでも分かる程、不可解かつ大胆な隙。
無論、それに配慮する義務も義理も無いから、相手の二人は構わずに飛び込んでくる。

棒立ちの彼女に、槙の方が慌てた。
「……ゆかり! 来るわよ、ゆかり!」
呼び掛けても反応が薄い。
ゆかりに相対した相手は、走りながら剣を担いだ。一撃に込められた裂帛の気合いが襲う。
一瞬の対応遅れも致命的。
フォローに回ろうにも、一人が自分を牽制している。打ち倒してからでは間に合わない。

だが。
彼女の感覚が、敵意を見逃すはずもなく。

剣同士が打ち合わされる、鈍い音。
「!!」
我に返ったのはその後である。
無意識の内に身体が反応したのだろう。右腰を狙った斬撃を、ゆかりは咄嗟に受け止めていた。
「っち」
思わず吐き捨てる。
柔らかなウェーブのかかった黒髪が揺れた。普段は隠された方の眼が僅かに覗く。
その眼差しの先にあるのは、先程視界に映った光景。
それは――かつての刃友が、自分の代わりに新たに得た相方と、共に戯れる姿だった。
脳裏に、一体何が浮かんだのか。
彼女の瞳に怒気が漲った。ぎり、と剣を握る腕に力が込められる。

再び、鈍い――しかし、比べものにならない程の音が響く。

「きゃ……!」
悲鳴と共に、有利な体勢だったはずの剣が天高く弾き飛ばされた。
ゆかりらしくない、力任せの強引な一撃が跳ね上げたのである。過大な衝撃を手首に受け、相手の顔が歪む。
(え?)
槙は戸惑った。
彼女がここまで荒々しい剣筋を見せるのは、初めてかもしれない。
更に。
素手になった相手に対し、手加減すら見せる事無く。

そのまま深々と足を踏み込むと、ゆかりは容赦なく『地』の星を撃ち抜いていた。




「つっ!」
「ちょっと、大丈夫!?」
やはり手首を痛めたのだろう。踞る刃友に心配そうな声が掛かる。
向こうの天――髪を両サイドで束ねた方の子が、こちらへの警戒も忘れて気遣っているのだ。

それを見遣った槙は、声を掛けそうになって――
「先輩」
「は、はい!」
囁かれた平坦な声に、びくっと身体を震わせた。
数瞬前の様子が信じられない程、気配を感じさせず――まるで幽鬼の如く体を正したゆかりが呟く。
「どうぞお願いします」
「はい」
と、反射的に答える。
地を落としたからには、あとの勝敗は天同士の一騎打ちのみ。この技量の相手ならばサポートも不要。
自分の腕を信頼してくれてるからこその発言だと思う。
ただ。
(怖い……今日のゆかり)
何だってこうも迫力満点なのか。
理由を後で聞いてみたい気もするが、絶対に無理。怖すぎて聞けっこない。
せっかく体力を温存させてもらったのに、残った疲れが倍になった様な気分。

とにかく。
ここで頑張らないと、何だか後が大変な気さえしてくるから。

「……じ、じゃあ……やっちゃいましょうか……」
「…………」
自分と同じく、戸惑った風情の相手と向き合った。
剣を交える前に、別の人間に気圧されるほど間抜けな話も無いと思う。向こうもそう思ったかも。
第一、互いに萎縮した状況では、碌な結果にならないなあ、と。




槙が何とか勝利を収め、勝敗が決したのは十一分四十七秒。
――――星奪り終了の、僅か十三秒前の事であった。


      ◆   ◆   ◆


「……疲れた」
おかしい。
何だか昨日も同じような台詞を呟いた気がする。
(気のせいよ、気のせい)
一つ溜息を吐くと、そっと眼を開けてみた。

薄暗い天井。ぼんやりと見える壁時計は、既に陽が落ちた事を示している。生徒達が就寝前の入浴に赴く時間帯。
およそ四時間は寝ていたことになる。

部活を休み、寮にふらふらと戻った後の記憶が無い。
鞄を机の脇に置き、ベッドに腰掛けた所まではかろうじて覚えているから、その後の事は容易に想像出来た。
「夕飯、食べそこなっちゃったわね」
油を差したくなる様な身体を、なんとか起こしてみる。
思ったよりも軽いが、それでもあちこちに張りがある。この状態で朝まで寝る方が不安。
(このままじゃ筋肉痛が長引きそう……どうしようかな)

少し考えた後。
彼女は襟元に手を掛けた。

それにしても。
制服のままだったら分かるのだが、しっかり寝間着に着替えているのはどういう事だろう。
我ながら器用と言うべきか。
そのおかげで、疲労感は残るものの――意外と意識はハッキリしている。
手早くジャージに着替えると、練習用の木刀を手に取った。
起き抜けだから空腹感は無い。
(動いた後はお腹が空きそうだけど、たまにはいいわよね)
朝御飯が美味しいかも。
と、心の中で楽観論を組み立てた槙は、扉に手を掛けた。

軽く身体をほぐして入浴した方が、安心して眠れると思ったのである。





彼女は、寮の明かりが僅かに届く場所で足を止めた。
涼しい夜風が嬉しい。

星奪りの後半。
普段と違い、あまりにも動きの悪い自分が気になったのか。ゆかりから気遣うような視線が注がれていた。
怒ると怖いが、普段は生真面目な上に気の利く子である。
サポート不要と判断しても、怪我をしないか心配している様子は良く分かった。
あまり表には出さない、彼女本来の優しい性格が垣間見える。

だからこそ、とも思う。
――年下の刃友が、星奪りに於いて本当にしなければならない事。
自分と、約束してくれた事は?

槙は木刀を振り上げた。
友人達からいつもマイペースだの、何でも器用にこなすくせにテンションが低いだのと言われる自分にだって、熱意はある。
人には言わないけど、絶対に譲れない物も――追い求め続けるモノだってある。
(どっちつかずだけど)
それでも。

――染谷ゆかりは、『地』の位置に居た方がいい。

その上で、もしも。
自分を守ってくれるはずの彼女の前で、『天』の自分が納得のいかぬ負け方をしたら?
「だから、もっと頑張らないといけないのよね」
どうにも自分には、執着心が足りない……らしい。真っ直ぐに見上げる気概が足りない。
と言うより――決断力が、昔っから全然足りなかったり。

力を入れ過ぎないように、大上段に構えた練習刀をゆっくりと振り下ろす。
感覚として、左手七分に右手三分。
それで充分なはずなのに、どうしても左手が定まらない癖は抜けない。これは避けようの無い事だ。
右半身で振ることに違和感がある。――いや、剣で『撃つ』こと自体にも。
幼少の頃から母に学んだ事を、ほとんど生かせないから?

(いい加減、慣れないといけないのにな)
皆が同じ規定の剣を使っているのだから、無い物ねだりは無意味なのに。

「……雑念も多すぎるのよね」
素振りの最中にこれでは、何にもならない。
まあ身体を解す程度の効果は見込めるから、もう少し動いたらお風呂にしよう。
そう考えて、再び足を踏み換えた時。




「――更衣室はともかく、風呂場ってなダメだろうよ」
「その区別の根拠は、どっから来るんかの?」

(はい?)
唐突に聞こえてきた声に、彼女は壊れた玩具の様に動きを止めた。

「源さん、そんな事してたの?」
「しとらんて。未遂じゃ未遂。……お前さんも人が悪いの」
「自分から未遂って言ってるじゃんか」

喉が鳴った。
知らずに唾を飲み込んでいたのだろう。
ついでに、何だか嫌な汗が額を流れてる気もする。

――何故。

「しかし、面白い学校じゃの。随分とまあ、勇ましい限り」
「悪趣味だけどね」
「ボク、ここの事って知らなかったよ。最近始まった制度なのかな?」
「そうさな。わしも初めて知ったしの」

何故、だろう。
頭の中で鳴り響く疑問を、必死に無視しようとする。
が。
(む、無理よ)
槙は震える唇を噛み締めた。ざあっ、と血の気の引く音が聞こえた気がする。
理解出来ないのではなく、したくない。
どうして。
話し声が――自分の『真上』から聞こえるのか。

震える手を下ろそうとしたのが悪かったのか。力を失った指から、練習刀が滑り落ちた。
からん、と思った以上に大きな音が響く。

それと同時に――――頭上から聞こえていた話し声が、ぴたりと止んだ。



体感として、永遠に等しい静寂の後。
恐々と上空を振り仰いだ槙は、三人分の視線に出迎えられた。
革ジャンを着込んだ、ジーンズ姿の女性と。
その後ろで面白そうに見下ろしてくる、映画に出て来そうな書生姿の青年と。
そして。

「あ、槙ちゃんって、やっぱり見えるんだ」
宙を漂いながら、にっこり笑った少女の笑顔を認識した瞬間。


「――――――……」
無言のまま。
彼女は、まるで糸の切れた人形の様に――ぱったりと気絶した。










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FIXATIVE 第02話

2008/06/15 14:02
「――こっちは2人でかかってるのに、『天』の星に近付くこともできない……!」
吐き捨てるように嘆く相手を、冷ややかな眼が見詰めている。

(……と思うんだけど。こういう時のゆかりって、結構怖いのよね)
相手の動揺を眺めながら、槙は軽く息を吐いた。
自分を守るように立つ彼女は背中しか見えないから、実際の所は分からない。
ただ、ウェーブのかかった髪は一筋たりと乱れず、戦意すら現さずに相手を睥睨しているのは事実。

槙自身は抜刀したきり、一度も剣を振っていない。
立場は「天」、つまり攻撃側を司るのだが、相方で防御を務める「地」の染谷ゆかりが相手を一切寄せ付けないのだ。



剣待生による星奪りは、二人一組で行われる。
星とは各々が身に付けた徽章の様な物で、それを打つ事で各自の勝敗が判定される。打たれる事を「星が落ちる」と言う。
ただし組の勝敗に関しては天の星に依存する。
天は肩に付けるが、地は自由に場所を選べるので見えにくくするのが基本。
天は天を、地は地の星のみを狙う事が出来る。しかし、星が落とされるまでは誰と剣を交えようが構わない。

一対一を二組より、早々に地を落として二人がかりで天を狙うのも常套手段の一つと言えた。

その二人掛かりの攻勢を、染谷ゆかりは一人で防いでいる。
常に相手の先を制し、間合いを見切り、そして最小限の手数で数多の剣筋を封じ込める。怖ろしいまでの空間把握。
そもそも、狙われるのは特定の部位だけではない。
星以外に相手の四肢を狙うことは禁じられておらず、対策を取られた剣を使用していても――剣待生たちの怪我は絶えない。
だが、それでも。
染谷がこの対戦相手から、傷一つでも負わされる可能性は零に等しい。

同じ格付のBランク同士でも、ここまで圧倒的な技量差が生じている。
――それが剣待生たちの現実であり、歩まねばならない苦難と目標の高さを物語っていた。




鐘の音が鳴る。
(二つ目、か)
開始から三分毎に鳴る鐘。これが五つ鳴り終わるまでが星奪りの時間である。
槙は孤軍奮闘する相方――この制度では刃友と呼ぶ――のゆかりを、複雑な想いで眺めていた。

剣を握った両腕が、僅かに重い。

同じ美術部に在籍しているのだから、目敏い後輩に見抜かれるのは当然だった。
軽く追求されたが、疲れている原因を話すわけにもいかず。
「分かりました。序盤は休んでいて下さい。手出しは無用です」
「……はい」
そう素っ気なく言われてしまうと、槙としては何の反論も出来ない。
それに。
(ゆかりの目の前で、無様な姿を見せるわけにはいかないものね)
万が一自分が怪我でもしようものなら、生真面目な彼女は自身を責めかねないからだ。
もしかすると、美術部部長と剣待生を両立している事に無理が生じている――などと余計な気を回すかもしれない。
(両腕の疲労は、単純に私の責任なんだけど……)
昨日あった事を正直に話せば、納得して貰えるとは思うのだが。

(言えるわけないか)
こっそり肩を落とした槙は、昨日の顛末を思い浮かべていた。






さほど設備の整っていない広いだけの公園は、交通用途が唯一の取り柄なのだろう。
近道としての効用から人通りも多く、夕闇の迫る状況でも寂しさは感じられない。
人目のあるオープンなスペース。
喫茶店等ではなく、ここの簡素なベンチに無造作に誘われてなかったら――槙が素直に付き従ったかどうか分からない。

街灯がちらちらと瞬き始めた頃。

「よ、お嬢。今日は彼氏連れなんだ?」
彼が封を切ったばかりのネコ缶を置くと、黒っぽい毛並みの猫と――その後ろから恐る恐る白い猫が近寄ってきた。
「たまには豪勢にどうスか?」
なぅ、と一つ返事をした彼女は、彼氏らしき相方を強引に誘う。
その彼氏の方は、どうやら飼い猫らしく首輪付きだった。その上気弱そうだから、姐御肌の彼女には唯々諾々と従うわけで。
後は、そのまま黙々と食事タイム。

「ってなわけで、俺の方が需要を見込めると思うんですが」
「……そうみたいですね」
槙は複雑な笑みを浮かべて頷いた。
先程のネコ缶を買い取ると言われた時には、理由の分からぬ施しに反発しそうになったのだが。
こんな風に説得力のある光景を見せられると、納得せざるを得ない。
(美味しそうに食べてくれてるものね)
二匹とも満足げだけど、一缶で足りないのも事実。
残りも置いていった方が良さそうだ。
そもそも学園に持ち帰っても、生物部等に寄付するしか活用方法が無いのである。
つまらぬ意地を張っても無意味。

一つ溜息を吐くと、槙は改めて頭を下げた。
「では、お願いします」
「了解です。ええと――」
口籠もった彼に、槙は反射的に名乗ろうとしてから口を噤んだ。少し思案気に首を傾げる。
それから微笑むと、
「槙です」
「槙さんですか。巧っス」
名字を名乗らなかった相手に合わせるように、彼はにっと笑った。
先程までの距離感は無いが、無意味に縮める距離でもないだろう。お互い一期一会の間柄だ。

それに。
誰かさんの目が怖い。しかもかなり。



「お」
「あら」
催促するような声に二人が視線を向けると、猫がきちんとした姿勢でこちらを見上げていた。
背後には、綺麗に空になったネコ缶が一つ。
「早いよ、お嬢」
「二人連れですものね。仕方ないかも」
「ですね」
つい微笑み合った二人だったが、不意に巧の顔が引き攣った。
あたふたと拝むように手を合わせ、素知らぬ振りで横を向く。
「……あの、どうかしましたか?」
「いいいいや、別に、その、何でもないっス」
視線を泳がせる相手の様子に、槙は眉を顰めた。――だけではなく。
再び背筋が寒くなるのを自覚する。

何しろ彼は。
明らかに自分の背後――しかもやや上空を見て動揺したのだから。


      ◆   ◆   ◆


「それで、先程のお話なんですけど」
「ん? ――ああ、そうですね」
二個目の封を切った巧に、恐る恐る問い掛ける。
脳裏に浮かぶのは、鏡に映った少女。
「聞き間違いでなければ、確か」
「見たままですよ。ただ、別に悪さとかはしない――はずですし、するとしても滅多にしないんで」
された覚えは、まあ数える程しか無い。
「滅多にって」
「少なくとも、さっきの子はしませんから安心して下さい」
不安そうな相手の様子に、巧はつい苦笑していた。

『彼女』に限った事ではなく、『向こう側』の人たちはこの公園にも幾人か居る。
が、それは通行人と同じで、単なる風景の一部に過ぎない。
あくまで「住人」なのである。
土地に縛られたりしている者も多いので、あちこちに悪さしに行く連中がそう居るわけも無く。
基本的に、こちら側に居た時と同じような生活をしてる者がほとんどである。
無論。
ソレも皆無ではないから、極端な者は同じアパートに住む拝み屋の目に留まり、祓われたりしているそうだ。
妹がバイトとして同行した時などは、結構大変な目に遭ったと聞いている。
(ま、由美の言う事だからなあ。話が大袈裟になっただけかもしんねぇし)
そこまで行かなくとも、ある程度は自治会らしき物が構築され、古株が仕切って問題は最小限に抑えられているとの事。
このベンチを定宿にしている老人もその古株の一人で、今は席を外している。

と言うよりも、だ。
(彩子ちゃんが怖いんだよな〜)
……逃げたと見た方が正解か。
街灯の上から、腕組みして見下ろしてくる女の子の視線が痛すぎる。
いつもならストレートに怒りそうなものだが、今回は原因が自分だと自覚してる分、なんとか我慢してくれているらしい。
その代わり、後がひたすら怖そうだが。



「あの、今も居るんですよね?」
「ええ」
あっさりした返答に、槙は口籠もった。
あまりにも自然体なその言い方から、彼が嘘など言ってない事は分かる。
まるで気にしていないのは不思議だったが、見える人は案外平気なのかも知れない。
しかしながら――見えない自分としては困る。とにかく、凄く困る。
そもそも、
「何で私に見えたんでしょう? 今まで一度だってあんな事は無かったのに」
「あー……あのコンビニ、結構来るんですよ。だからたまに見えちゃうらしいですね」
「溜まり場って事ですか」
眉を顰め、テレビで聞きかじった知識を思い出す。
そういった存在がある程度集まるような場所は、一般人でも色々と影響を受けやすくなるそうだ。
「ですかね。そういや――彩子ちゃんたちに美奈ちゃん、それに」
「も、もう結構です」
指折り数える巧を、槙は慌てて止めた。
これ以上聞くと、夢で魘されそうだ。
「じゃあ、あの……一つお願いがあるんですけど」
「なんです?」
「さっきの人に、着いて来ないように言っては頂けませんか」
「は?」
巧は一瞬戸惑った。
しかし本来はこういった反応の方が自然だろう。見えない物は怖い。それが当たり前だ。
「む、無理なんでしょうか?」
「いえ。言っときますよ」
ほっと胸を撫で下ろした槙は、腕時計を見て慌てて立ち上がった。
「そろそろ帰ります。遅くなるといけないので」
「そうですか。ご迷惑をお掛けして、どうもすみません」
「いえ、こちらこそ」
「それにしても――」
荷物を大儀そうに持ち上げる彼女に、巧は感心したような声を上げる。
胸ポケットから煙草を取り出しながら、
「大変ですね。お仕事、頑張って下さい」
「――――え?」
目を瞬かせた槙は、言われた意味に気付いて顔を真っ赤にした。
スーツ姿に疲労感が演出している事は自覚していたが。

幾ら何でも、それは酷い。

「わ、私はまだ高校生ですよ!」
「…………うぇ?」
ぽろ、と咥えかけた煙草を落とす巧。
「今日はありがとうございました。失礼します!」
憤然と――いや、少々落ち込みぎみの背中を見せながら、彼女はやや覚束ない足取りで去っていく。





硬直していた巧は、相手の後ろ姿が見えなくなった頃にずるずると腰を滑らせた。
「参ったな……由美と同じくらいとは思わなかった」
膝元に落ちた煙草を拾い上げ、火を点けると一服して――がりがりと頭を掻いた。
何気なさそうに街灯を見上げる。
「あんな大荷物抱えてると、少し心配だよな」
ぽつりと呟く。
それから、慌てて視線を逸らした。
「いや、純粋に心配してるんだって。何の下心も無いよ。……分かってて言ってるでしょ、彩子ちゃん?」
芝居じみた怒りに、彼は思わず苦笑した。

どうも最近、冗談がきつくなってる気がする。
綾美の影響かもしれない。――などと口にすると、どやされそうだから言わないが。

(にしても、気にはなるよ)
先程の彼女が、無事に帰れるのかどうか。
――と、沈黙を不安に思ったのか。
謝罪と共に出された提案を受けて、巧は顎に手を当てた。
「そうだね。頼んでいいかな? 着いて来ないでって言ってたけど、遠目で確認するくらいなら大丈夫だよ」
いつの間にか隣に座っていた老人――源さんが異論を唱えるが、そこは敢えて考えないという事に。
呆れたような視線に晒されながら、
「バレたら怒られそうだから、見られないように気を付けてね」
軽く手を振ると、了承と満面の笑顔を返されて。


巧は嬉しそうに頷くと、三個目のネコ缶に手を掛けた。










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はじめに

2008/05/26 06:00
美術部部長、上条槙さんのサイドストーリーです。
微妙に後向き(というより悲観的)な人ですが、これまた微妙に前向きだったりします。
サブとして、中等部の数名。


元ネタは今が旬な「はやて×ブレード」
連載場所が変わったのは、もしかするとアニメ化への布石かもしれません。
(読者には分からない、深い事情があっただけという可能性もありますが)
林家先生らしいテンションの高さと、大勢のキャラの生かし方が見物です。

もう片方は「夜の燈火と日向のにおい」
少年画報社から単行本全8巻、ドラマCD1枚が出ています。
既に絶版らしいのですが、まだ各所で手に入るようです。非常にのんびりした作品。
(CDについては、メインキャストの一人に故・新山志保さんがいらっしゃいます)
独特のペースは、クロス相手と対照的ですね。


原作通り気楽かつ気長に書く予定です。
全部で十話〜二十話といい加減な割り振りにしてますので、その辺は御容赦願います。



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FIXATIVE 第01話

2008/05/26 00:08
天地学園には、剣技特待生――略して剣待生と呼ばれる制度がある。
読んで字の如く、剣技に優れた者を競い合わせる制度であり、その見返りも学費免除というレベルではない。
各地より腕に覚えのある者達が腕を磨く為、または財や力を得るために学舎に集う。

学園長天地ひつぎの常日頃から口にする言葉が、簡潔に表している。
学園は輝ける者を育てる場所だという。
ここで言う「輝き」とは、高い目標を持ち、頂点を目指し日々邁進することである。
彼女は、こうも語る。
「輝きを失わない天地の乙女達に、金・権力・名声、全てを惜しみなく与える」と。

一つ勝利を得る毎に得られる賞金。
頂点を極めた時に得られる地位や権力。
そして――剣そのものを追求し、激戦の中に見出せるものを求めて。
その理由の是非や如何が問われる事は無い。
得たい物はそれぞれ異なるだろう。が、それらは全て勝つ事でしか得られない。
故に。
この地では、様々な意味で剣に魅入られた者たちが、己の腕を磨き上げるのだ。




もっとも、ついでに付け加えるならば。
学園長――生徒会長の相方を務める宮本静久は、一言でこう評したらしい。

「つまり、やる気があればなんでもいいんですよね。ひつぎさんは」


      ◆   ◆   ◆


稀代の術者、犬神五十鈴が母校の学園を――――と称する少し前のこと。


「お、重い……」
肩に食い込むバッグに冷や汗を流しながら、上条槙は小道をふらふらと歩いていた。
せっかくのジャケットに皺が残りそうだが、気にする余裕すら無い。
茶系統のスーツは大人びた雰囲気を作り上げ、まるで二十歳前後に感じさせるが――今は逆効果。
事務の人以外の何者でもないだろう。

重さの中身は、主に美術書と画材。
それ等がびっしり詰まった状態ともなると、とても女性が持てる代物ではない。
剣待生として鍛えているとしても限度がある。
(ちょっと無理があったかなあ。最初は大丈夫だと思ったんだけど)
一歩歩く毎に、爪先まで染み込む重さ。
無計画そのものと言えるが、久々の外出で大規模書店に立ち寄った結果、こうなってしまったのである。

本来、巨大な敷地と様々な施設を持つ天地学園は、基本的に学内で何でも揃ってしまう。
美術部に所属している槙も、普段は内部で画材等を調達していた。美術資料室にも古今東西の美術書が並んでいる。
故に、個人レベルで外部から仕入れる必要性は無いのだが、
「た、たまには外もいいものよね」
韜晦する様に呟くと、電柱に体重を預けて息を整える。
久々に海外から戻った母親から呼ばれたのは、良い機会だったのだろう。
絵を含めて色々と、たまには『外』の空気を吸わないと停滞してしまうから。

夕暮れが近い。
茜色に染まる西の空を見遣る彼女は、今日の戦果には満足していた。
買った本に繊細なタッチで描かれていた、様々な空と広い草原。
とても真似できる技法ではないけれど、それがどんな気持ちで描かれたのかを想像すると楽しくなる。



筆を取る者にとって、美術書は必ずしも参考書というわけではない。技法については知識より実践が物を言うからだ。
無論、最初の一歩目は極めて大事だし、日頃から構図の取り方等について学ぶのも重要だろう。
しかし、槙の場合は既にある程度作風が固まっている。
幾つかのコンクールで入選を果たし、それなりに名は知れ渡っていた。模倣を中心とした技術習得の段階は越えたと言っていい。
その実力は高等部一年の身で美術部長を任される程。面倒見の良い性格も、歳の上下を問わず信頼されている。

敢えて問題があるとすれば、それは。



「明日辺り鐘が鳴りそうだから、筋を痛めたら大変ね」
左肩に下げていたバッグを、右に移動させた。
当然右腕が痺れることは避けられないが、左腕を疲れさせると明日剣が振れなくなる。
(大通りに出たら、タクシーを拾わないと)
吹き出る汗を拭うと、再び歩き出す。

本だけだったら、まだ良かったのだ。
問題は、美術書に触発されて画材店に入ってしまった事にあった。
怪しげな効果を表現するメディウムだの、変な仕上がり方を演出するコート剤だのを、つい試し買いしてしまったのである。
もちろん。
店員の話し上手に押され、断り切れなかった自分が悪い。
(つくづく弱いと思うのよね)
美術部の後輩で刃友の染谷ゆかりが見たら、怒ると同時に呆れるだろう。
普段から、押しの弱い自分をフォローばかりしてくれる子だ。これがバレたら――何を言われるか想像するだけで怖ろしい。
「……せめて明るいうちに帰らないと、大変な事になりそうね」
見付からないように、こっそり戻らねば。
門限までには余裕があるから、少々遅くなっても先程まで会っていた母に連絡が行くことは無いはず。
(大丈夫よ、きっと)
頬が引き攣るのは、座った目でこちらを眺める相手を思い浮かべたからだろうか。

それはそれとして。
「――もう限界。ちょ、ちょっと一休み」
積み重なった疲労で肩が外れそうだ。
必死に荷物を抱えた槙は、目に付いたコンビニに歩み寄っていった。



たまたま選んだその店が、とある青年のバイト先であったのは純粋な偶然である。
少なくとも。
彼女が後に、中等部の犬神五十鈴や雉宮乙葉と関わるようになるまでは。


      ◆   ◆   ◆


荷物を雑誌棚の脇に邪魔にならないように置くと、解放された肩が微かに震えている。
「本格的に肩が凝りそうね。――どうしよう」
周りを見回すと、レジの近辺にタクシーの番号が書いてあった。この時間なら呼べば直ぐに来ると思う。
(焦らなくても大丈夫そう)
安心した彼女は、何気なく近くの女性誌を手に取った。
この手の雑誌は学内では読めない。
積極的に読みたいわけではないが、興味が全く無いわけでもないから。一応、年頃だし。
――などと心中で言い訳して、ページを捲っていく。
最近の女性誌は表紙の割に内容が過激だから、つい隠すように隅へと移動する。

内容は予想通り。
とは言え天地学園は女子校なので、浮いた話はあまり無い。実体験記とやらも小説のようで実感が湧かなかった。
まあ、小説として読んだからと言って、刺激が薄まるわけでもなく。
(すごいわね)
ほんのり頬を染めつつも、誌面からは目を逸らさない。



――――と。
一瞬、視界の隅を長い髪が流れたような気がした。
どきりとして横を見るが、誰もいない。
(誰かの視線を感じたような気がしたんだけど)
自意識過剰?
そんな癖など無いから、再び誌面に目を落とす。

しかし。
自分がページを捲る度に、何故か強い視線を感じるのだ。
まるで――誰かが後ろから覗いているような。
落ち着かなくなって後ろを振り向いたが、当然誰もいない。
(変ねえ)
不思議に思いながら、雑誌を閉じた瞬間。

(――え?)
槙は大きく目を見開いた。
右側の扉。トイレに通じる入り口の鏡に、女性が映っていた。
歳は自分と同じくらい。左右を編み込んだ長い髪が、ふわりと風に流れている。
今時珍しいスタンダードなセーラー服は半袖で、涼しげな水色の夏服。
柔らかな造作の顔立ちは、妙に明るい印象を与えてくるが――――
「な、な、な……」
意識が上手く纏まらない。
こういった光景は良く知っている。
テレビや映画で散々見たし、一種古典的と言えるこの状況は、子供の頃から記憶に焼き付いていたから。
主にホラーで。

鏡に映った女性が、自分の背後で宙に浮いている。

後ろには誰も居なかった。今だっていない。――絶対に、いないはず。
ただ、振り向いて確かめる事なんて出来なかった。その人は、たった今閉じた雑誌を残念そうに見詰めていたから。
気付かれたらどうなるのだろう?
硬直した身体を何とか動かそうとした時。
その人は、ひょいと視線を上げた。
鏡を見詰めている槙の様子に気付き、同じように鏡を見て、
「ひ」
ひくりと喉を鳴らした彼女と、ぱったり視線を合わせる。
……やたらと長い数秒が過ぎた。
驚いたように目を丸くしたその人は、にへっと緊張感の無い笑顔を浮かべて。

「――きゃあああぁっ!?」
限界を迎えた槙は悲鳴を上げると、脱兎の如く身を翻し――ペットフードの並んだ棚に、景気良く飛び込んでいた。



まあ、何と言うか。
滝のように落ちるネコ缶だのドライフードに埋まったのは、初めての経験だったし。

とにかく、やたらと痛かった。


      ◆   ◆   ◆


「もう泣きたい……」
じんわり涙を浮かべながら、槙は足を引き摺る様に歩いている。
駅までは歩いて十分ほど。大した距離ではないはずなのに、今は果てしなく遠かった。

なにしろ荷物が増えている。

盛大にばらまいた商品は、バイトの青年と一緒に急いで拾い集めた。
ほとんどは軽いために無傷だったが、高い位置から落ちた缶の類はへこんだり傷が付いたりで弁償するしかなかったのだ。
数にして十個。さほど多くはないがそれでも重いことは重い。既に両腕とも感覚が無いくらい。
ただでさえ限界だった荷物に追加、しかもタクシー代が出なくなってしまった。
最近のネコ缶は高いのだ。

ここで捨ててしまおうとしない所が、彼女の融通の利かない生真面目さ。

「それにしても、随分親切だったわね」
先程の青年を思い出す。
品物を散らかして迷惑を掛けたのに、まるで自分の方が悪かったかの様に恐縮していたのは何故だろう。
挙げ句、弁償を断ろうとして押し問答になってしまった。
長引きそうになったのだが、一刻も早く店から離れたかった槙は代金を無理矢理押し付けてきたのである。
そう、逃げたくなった原因。
「……でも、幽霊なんて」
背筋を震わせる。自分には霊感なんて無かったはずだけど。
ああいったモノが、あんなにハッキリ見えるなんて想像もしていなかった。
もっとも、見た目は普通の女の子だったことは有り難い。あれなら夢で魘される様な事はない――と、思いたい。
映画だと死んだ直後の状態を再現していたりで、もの凄く怖いのだ。

つい想像してしまったせいだろうか。
倍加したような疲労感で、深い溜息を吐いた時。ちりん、と自転車のベルが背後で鳴った。
振り向くと、見覚えのある顔が手を振っている。
半袖のカッターシャツにジーンズ。ラフというより自然体そのもの。
「ちわっス」
「こ、こんにちは。……あの?」
戸惑う彼女の横に自転車を寄せると、彼は荷物に目を遣った。実に露骨な悪戦苦闘だ。
「重そうですね。俺、帰りがこっちなんで乗っけましょうか」
「えっと」
さり気ない感じの相手に、槙は戸惑った。
背はやや高いが、外見的には平凡な感じに見える青年。自転車も普通で、何の他意も無さそうだ。
とは言え。
「大丈夫です。お構いなく」
「あー……」
やや警戒を含ませた返答に、相手は頭を掻いた。
「や、別にナンパじゃないんだけど?」
「そうですか」
にっこりと微笑み返して、彼女は再び歩き始める。
言いたくはないが。
あのコンビニからわざわざ追い掛けてきたとなると、ストーカーの類かもしれない。
(外見に騙されちゃ駄目よね。本当にいい人かどうかなんて分からないんだから)
これ以上誰かに振り回されたら、ゆかりに怒られる理由が増えるだけだ。

勢いよく足を速めようとしたが――残念ながら、身体の方が着いてこなかった。

「あ」
左で握っていた荷物があっさりと落ち、再び道端へと散らばるネコ缶。
「…………」
「手伝いますよ」
真っ赤になった槙の横に自転車を止めると、彼はそれ等を次々と拾い上げて自転車の前カゴに放り込んでいく。
「ちょっと」
「はい、そっちの荷物も。マジで下心なんて無いですし、どうも俺の知り合いが迷惑かけたみたいなんで」
「あのですね――――!?」
抗議しようと肩を怒らせた彼女は、ふと思考を止めた。
「知り、合い?」
「です」
立ち竦んだ槙から、重さに眉を顰めながらも荷物を取り上げた相手は淡々と続ける。
「さっき、コンビニで見えちゃったんじゃないスか?」
「な……何を?」
呆然と呟く彼女の前で、荷物をカゴに固定したその青年は。



「その、幽霊かな」
「――――!」
と、何故か自分の横の空間を見上げて苦笑したものだから。
「じゃ、行きますか」
「ま、待ってください!」
顔を青ざめさせた槙は、その場から逃げるように慌てて後を追っていった。










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